ビジネスパーソンに求められる 知的教養としての美術鑑賞

秋元 雄史 氏

東京藝術大学大学美術館長・教授

練馬区立美術館館長   

 

 

プロフィール

1955年東京生まれ。東京藝術大学大学美術館長・教授、および練馬区立美術館館長。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 文化・教育委員会委員。東京藝術大学美術学部絵画科卒業後、作家兼アートライターとして活動。1991年に福武書店(現ベネッセコーポレーション)に入社、国吉康雄美術館の主任研究員を兼務しながら、のちに「ベネッセアートサイト直島」として知られるアートプロジェクトの主担当となる。開館時の2004年より地中美術館館長/公益財団法人直島福武美術館財団常務理事に就任、ベネッセアートサイト直島・アーティスティックディレクターも兼務する。2006年に財団を退職。2007年、金沢21世紀美術館館長に就任。10年間務めたのち退職し、現職。

軽妙な筆致と、アートとアーティストへの温かな愛情を感じさせる真摯な姿勢の文章のファンも多く、『おどろきの金沢』『直島誕生』『武器になる知的教養 西洋美術鑑賞』と、次々にベストセラーを生み出している。

 

 

 美術鑑賞は、ビジネスパーソンに欠かせない「感受性・洞察力を高め、本質を捉える力」「多様性を認識し、受容する力」多様な情報を分析・総合しながら考察し、隠れた要素やストーリーを引き出す力」「感じたことを言語化し、論理的に伝える力」等が鍛えられると、エグゼクティブのための企業研修などで採用されている。

瀬戸内海に浮かぶ直島のアートプロジェクトを成功させたアートディレクター秋元雄史氏に、ご自身のアートと仕事の関係についてお話しいただいた。

 

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Q. アーティストとして出発されて、その後、美術ライターから、学芸員、美術館館長と、アートを中心に螺旋を描くように、様々な職業を経験されていますね。ご自身の中でのこだわりや、変化などありますか。

A. その時々の縁といったらいいのでしょうか、自分でも不思議な形で仕事がつながってきました。ただいつも美術というものが中心にありました。はじめは作家という立場で制作する側から美術に関わっていましたが、展覧会を作ったり、美術館を運営する学芸員や館長という仕事に変わっていきました。同じ美術の仕事と大雑把にいえばいえなくもないですが、そうはいっても、それぞれの仕事で社会での役割や関わり方が違いますから、その時そのときで学んできたり、経験してきたりしました。それらは、多くの場合、人から学ぶわけですが、そこでいい出会いがあり、多くの経験をさせてもらったということだと思います。人に恵まれていたのだなあ、と今になってつくづく思います。

 

Q. 美術を含む芸術の分野は特殊な世界と思われていますが、一般の社会との違いはありますか。またそう思われる理由もお教えください。

A. そもそも美術、芸術に親しむ機会というものが一般に人は少ないという事情があるのだろうと思います。子供の頃から親しんでいる人にとっては、美術や音楽などの芸術が日常生活の中で存在していることは普通のことなのだろうと思います。また、案外、身の回りに芸術的な環境があっても気がついていないということもあるのではないでしょうか。今、街を歩いていても、屋外彫刻や洒落たデザインの建築物やきれいな内装のお店などを普通に見かけることができると思います。そういう日常の風景に溶け込んでいるものの中にも芸術的なセンスを持ったものがたくさんあります。ただそれらに気がついていないということがあるのだろうと思います。

芸術は何も美術館の中だけにあるわけではないし、美術館にある芸術というのは芸術の中のごく一部なわけです。ですからそれだけを見て、芸術だと思うというのは少し狭い視野かな、と思います。むしろ、ふだん使っているお皿やテーブル、椅子からビルの入り口を飾る彫刻や絵画などが芸術なのです。

また建築も芸術的な側面を強くもつものであって、伝統的、現代的な建築の中にも素晴らしものがありますし、もっと視野を広げれば都市計画や庭園デザインなども芸術的な側面を持っているわけです。極端な言い方ですが、芸術は芸術的な見方によって発見することができるものでもあるわけです。その見方に親しんでいないので、芸術が見えてこないということがあるかもしれないですね。

芸術的な視点や考え方を学ぶ場として美術館などがあるのだろうと思いますから、そこを活用して、大いに芸術的な感性を磨いてほしいですね。そうすれば、どこにいても芸術を楽しむことができると思います。

 

Q. ベネッセコーポレーションで会社員も経験されていますが、いかがでしたか。ご苦労などありましたか。

A. 収益を優先して事業を組み立てる、あるいは組織的に物事を動かすということを身につけるのに苦労しました。ひとつは、経済的な価値で絵画や彫刻を見るということですね。企業の中で美術を位置づけるということは、まず考えられるのは資産としてということですから、まず金銭的な評価によって作品を価値づけるわけですが、それに慣れなかったですね。芸術は僕にとってはそれまでは精神的なものの反映ですから、心の反映なわけですね。精神的なもので、変わることのないかけがいのないものです。ところが経済的な価値から見れば全く異なってきます。貨幣価値に変換され、他のものと比べられ、相対化される。それも価格や資産価値で量ることができるものになります。この辺の感覚をもつのに苦労しました。芸術性と経済性ということですかね。

それに、もともと一人で仕事をする作家ですから、組織の中で自分の役割を認識して、それに対応して仕事をするということが、苦手なわけです。はじめはとても苦労しました。できなかったわけですね。組織が個人よりも優先するというのが、頭ではわかっても、なかなか仕事に反映しないわけです。企業で使用されるビジネス言語というか、たとえば収支の考え方や企画書ベースで物事を動かしていくこととか、それ自体が初めてなわけですから、それを覚えるのも苦労しました。でも結果としてはいい勉強になりました。

 

Q. 直島では町中で展開する「家プロジェクト」、金沢21世紀美術館では「開かれた美術館」と、社会とアートが関わるお仕事をされていますが、その意義は何でしょうか。

A. 美術と社会との距離をできるだけ縮めていって、生活の中に何気なく芸術があるような状態を目指していくということだったと思います。芸術が生活の中にあることで、生活に潤いができるというか、人間的で、豊かなものになるわけですね。芸術というのは、人間の心の反映なわけですから、それが身の回りにあるということはやはり豊かなことだと思います。そういう芸術が身近にある世の中を目指して、活動をしていたということだと思います。

 

Q. 建築の安藤忠雄氏、現代アーティストのジェームズ・タレル氏、ウォルター・デ・マリア氏、そして実業家の福武總一郎氏ら、各方面の一流の方々と直にお仕事をされてきましたが、印象に残ることは何でしょうか。それはみなさんに共通するものでありましたか。また、共通しないことは何でしょうか。

A. 今、名前を挙げていただいた方ばかりでなく、アーティスト、建築家、デザイナー、工芸作家など、多くのクリエイティブな皆さんと関わってきました。それぞれ印象に残る出来事があるので、一つ一つを取り上げていくことはできませんが、僕にとっては、そういう人達との出会いがなければ、私の関わってきたことのほとんど全てができていなかっただろうと思います。広くアーティストと呼ばれる人たちの考え方や行動というのは、非常に刺激的で、世の中に様々なものをもたらします。それは単純にいいことばかりではなく、ときに価値観の混乱や課題などを提起するものであるわけですが、それは時代が進んでいくときに起きる変化の先取りでもあるわけです。彼ら自体が生み出しているというよりも、時代の変化をいち早く感じてしまっていて、それに芸術表現として対応していたり、新たなデザインとして提案していたりします。それが、ときに斬新さを越えて、過激に見えたりするわけですが、それは時代を先取りしすぎてそう見えているということもあるわけです。

また、社会的な善悪、道徳、経済性や合理性などの枠をアイデアのところでは取っ払って、制作していたりするので、非常に反社会的にも見えたりしますが、それは、世の中をゼロベースで見直していくという立場で制作しているからなのです。芸術は、感性的な側面をふんだんに含んだ世界ですが、一方で、思考実験のような側面もあるので、そういうところから見ると、哲学的、倫理的、社会的、ときに政治的なオピニヨンとして興味深いものを提示してもいます。トップアーティスト、クリエイターと呼ばれる人たちは、皆、独創的ですし、事情に個性的な発想をする人たちです。それは前提として、ゼロベースで世界を眺めるということができるからなのだろうと思います。

 

Q. 現在、美術館長としてマネージメントのお仕事についていらっしゃいますが、どのようなところに心を砕いていらっしゃいますか。

A. 日本の美術館は、入場者数というのが美術館の人気を計るバロメーターになっているところがあって、何人の重傷者数を年間で稼いだかというを木にしていく風潮にあります。ひとつの指標にはなると思いますが、それだけでは人気商売になってしまいます。どのような研究からどのような展覧会をしたか、どのような領域をカバーしている美術館なのかといった、美術館としては、本当に基本的なことを改めて問いつつ、美術館運営をしています。特にコレクションと常設展示というものを意識して美術館の存在を高めていくということを構想しています。

日本の美術館は、外から借りてきた美術品で展覧会を行うというのが、主要な展覧会の在り方になっていて、目まぐるしく展示替えをしてきます。忙しく〇〇展というのを実施している割には、どこでも同じような作家の作品が並びます。ほとんど人気商売ですが、これでは美術が一向に広がりません。来館者の好奇心を駆り立て、まだ知らないことに対しても積極的になって貰う必要があるのです。

美術館は常に知的な好奇心を掻き立てる場所でなければいけないと思います。とにかくいいコレクションをつくり、それをきちんと公開していく美術館を作りたいですね。

 

Q. 最近の著書『武器になる知的教養 西洋美術鑑賞』では、教養としての美術解説をされていますが、どういった方に読んでもらいたいですか。

A. これは本当に美術の入門書として書きました。すでに美術に親しんでいる人たちにとっては、知っている内容ばかりかもしれないですが、初めて美術を学ぶ人やもう一度美術を基礎から知ろうとする人達にとっては入口となる本だと思います。それに美術館に実際に足を運んだことのない人たちにとっては、足を運ぶ、いいきっかけになるかもしれないですね。読んでみたら行きたくなると思います。「なんだ、こんなふうに愉しめばいいのか」と思ってもらえるだろうと思います。例えば、中学、高校あたりで学んだ日本史、世界史の知識を持ってすれば、名画と言われる美術をよりよく理解する助けになることとか、まるでクイズのようにして美術を読み解いていくことができるということを知ることができるからです。美術と聞いて、毛嫌いする人たちに逆に読んでほしいですね。きっとオモシロイと思ってもらえますね。

 

Q. 今注目されるアーティストの方はいらっしゃいますか。

A. ここのところコンテンポラリークラフトを見ているので、現代美術的なフィールドで制作している工芸作家の人たちの調査をしていますね。桑田卓郎、見附正義、葉山有樹、田中信行、山村慎哉、中村卓男、中村康平、青木克世など、本当に大勢の優れた作家がいます。展覧会としても2012年あたりから始めていて、その代表的なものに「工芸未来派」という展覧会があり、金沢21世紀美術館、ニューヨークのアート・アンド・デザイン美術館などで開催してきました。

また、戦後の前衛書の動きをもう一度調査しようとしています。その一人ですが、井上有一の展覧会は、金沢の金沢21世紀美術館やフランスのパリ文化会館、ロートレック美術館で開催してきました。

 

Q. 次はどんなお仕事をされていると思われますか。

A. 今年から練馬区立美術館の館長を初めていて、こちらはリニューアルに向けて動いています。1980年代に設立された小さな行政単位の公立美術館ですが、独創的な展覧会を行ってきました。それを引き継ぎつつ、新しい時代に対応した美術館をこれから数年かけて作ります。東京都にあるのですが、大都市型ではない、住宅地の中で生活にちかいところで、どのような美術館をつくるかというのがポイントになるだろうと思います。

80年、90年代に数多くの公立美術館が生まれました。それが時間が過ぎて、施設的に老朽化してきた。と同時に社会の中での役割も変化してきています。それはなにも練馬美術館だけの話ではなくて、日本中に同じような美術館がたくさん現れます。その課題に対して、自分なりに答えを出していきたいと思います。これも新しい挑戦になるとおもいます。

また、いまオリンピック・パラリンピックの文化プログラムの委員など、外部の組織の委員も多く行っているので、そこでもきちんと成果がでるような仕事をしていきたいですね。当分忙しそうです。

 

ありがとうございます。