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第22回 仲裁は本当に訴訟よりも望ましいのか

企業不祥事と闘う
第22回 仲裁は本当に訴訟よりも望ましいのか

先日、ニューヨーク州法曹協会のインターナショナル・ロー・レビューの30周年記念シンポジウムのパネルに呼ばれて話す機会があった。トピックは国際企業紛争(訴訟や仲裁)だったが、ニューヨークを国際仲裁のハブにしようという機運がこの数年高まっていることもあり、主に仲裁に関する話し合いに終始した。

企業間紛争の国際仲裁に関しては、この25年ほどで大きな発展をしてきた分野であるが、同時にその限界や問題点も明らかになってきた。その反面、メリットやデメリットの議論についてはあまり変化していないようにも感じられる。

この機会に、国際仲裁の留意点について、近年の歴史を振り返って、実務家としての感想を率直かつ簡単に以下に述べておくことにする。

90年代:空想的楽観時代
90年代の初期から中期にかけての国際仲裁を含むA D R(Alternative Dispute Resolution ; 代替的紛争解決)に対する期待はとても大きかった。「訴訟よりも早い」「訴訟よりも安い」「陪審の偏見的判断を避けることが出来る」などとのメリットが謳われ、「これからは仲裁を含むADRの時代だ」との声が多く聞かれた。当時は、国際ADR実務家にはフランス等の欧州の弁護士が多く、手続きや実務への考え方も米国の弁護士に比べると学者肌・理想主義的なヒトが多かったため、彼ら彼女らと話していると「企業訴訟文化に新風を吹き込んでくれるのでは」という気持ちにさせられたことを覚えている。

2000年代から現在:企業間の国際仲裁事件の現実
ところが、実際に企業間の国際的紛争が仲裁で扱われるようになると、次のことがわかった。(1)訴訟なみに費用がかかることが多い;(2)手続きのスピードが速い分(特に被告側にとって)費用が嵩むスピードが早い(つまり一定期間内にかかる費用は訴訟よりも高い);(3)(企業間紛争においては)仲裁手続きを却下させることは訴訟よりも困難(仲裁人が報酬を受け取るシステムなため);(4)仲裁人の判決意見文は巨額の案件においてもシンプルなことが多い;(5)判断に誤りや不服があっても上訴の手続きはないので確定、したがって企業経営の視点から不満が残る、等々。
これら、ある程度は元からわかっていた側面もあったが、結果として費用が安くならなかった点や、費用の嵩むスピードが速い(けっきょくクライエント企業にとっては期間内の費用負担が大きい)点などは、実際にそうなるまでは分かっていなかったことであり、実務家間でも多くの驚きと失望の声が上がったことが印象に残っている。

日本企業としての留意点
企業間紛争の国際仲裁による解決は、これまでにその役割が大幅に拡大してきた分野であり、これからも益々の発展を続けるであろうと思われる。また、日本を世界的拠点とする努力も促進すべきであろうし、怠ってはならないとも考える。
その一方で、仲裁について安易に「安いから」「早いから」「陪審がいないからよい」「仲裁条項を入れたほうがいいから」という考えでアプローチすると、実際に紛争となった際に予想に反して苦労するということになりかねない。
多少シニカルな言い方をすると「仲裁とはデュープロセス(憲法上の手続き保障)が無い訴訟手続のようなものだ」とも言える。以前によくアドバイスされた「日本企業にとっては仲裁のほうがいい筈」という視点ではなく、例えば裁判となる場所の選択が明らかに望ましくない場合など「裁判では望ましくない理由があれば仲裁とする」という視点に立ち返ってアプローチすることが基本なのではないかと思われる。