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その価値を高める《グランドセイコー・コーポレーション・オブ・アメリカ》

グランドセイコーの持つストーリーを伝え、
その価値を高める《グランドセイコー・コーポレーション・オブ・アメリカ》

 

 

 

 

 

「正確さ」、「美しさ」、「見やすさ」
グランドセイコーの持つストーリーを伝え、その価値を高める

 

グランドセイコー・コーポレーション・オブ・アメリカ
取締役会長 兼 CEO
内藤 昭男 さん
www.grand-seiko.us.com
メイド・イン・ジャパンの時計として、北米市場にしっかりと根を張る「SEIKO」ブランド。北米進出50周年を翌年に控えた現在、新しいフェーズへと向けた大きな転換期を迎える。現状と今後の展開について、セイコー・ウォッチ株式会社の取締役・専務執行役員であり、グランドセイコー・コーポレーション・オブ・アメリカ取締役会長兼CEOを務める内藤昭男さんにお話を伺った。

 

「SEIKO=中価格帯」からの脱却
グランドセイコーを独立ブランド化

セイコーでは、グループ連結売上で50%を占める「ウォッチ事業」を持続的に伸ばすため、海外、特に欧米での高級ウォッチ事業を伸ばす方針へと大きく舵を切った。一般的なアメリカ人にとって「SEIKO」は、大量生産、大量販売の中価格帯クォーツウォッチの位置付け。流通経路もメイシーズ、JCペニー、シアーズといったデパート中心となり、平均価格帯も500ドルの域を超えない。こうしたイメージを払拭し、高価格帯の時計ブランドとしての地位を獲得するには───SEIKOのアメリカ市場での、新たな挑戦が動き始めた。

この大役を受け、アメリカに乗り込んできたのが内藤さんだ。2016年9月に渡米後すぐ、中価格帯に慣れきった現状を改善すべく、既存事業インフラの刷新に取り掛かった───人材、IT、セールスの仕組みから倉庫管理まで、高価格帯路線へと本気で転換するには体制全てを入れ替える必要があった、と内藤さんは当時の状況を説明する。そして、他高級時計メーカーから幹部社員を迎え入れ、ローカルのトップ、セールスとマーケティングの主要幹部を入れ替えた。

同時に、セイコーウオッチ株式会社の100%子会社「セイコー・コーポレーション・オブ・アメリカ」による事業体制を辞め、2018年10月、「グランドセイコー・コーポレーション・オブ・アメリカ」と「セイコー・ウォッチ・オブ・アメリカ」の2社体制に切り替えた。「SEIKOブランドから『グランドセイコー』を切り離し、独立ブランド化させ、これまでのSEIKOしか知らない北米消費者に、新しいSEIKOを見て頂くことにしました」。

 

世界の最高峰「グランドセイコー」

世界最高峰の実用時計として1960年に誕生した「グランドセイコー」。その特徴である「正確さ」、「美しさ」、「見やすさ」の3点を前面に打ち出し、着々と歩みを進めてきた。機械式とクオーツのハイブリッド化により開発された駆動方式「スプリングドライブ」、時計の針に多面カットを施す「匠の技」など、その高い精度や繊細な美意識一つひとつが、世界の時計ファンの心を鷲掴みにした。

グランドセイコーの北米での購買層を分析すると、20~30代と比較的若い層が多く、テクノロジーに興味を持つIT系富裕層という像が浮かび上がる。しかし、時計マニアではない一般消費者には、中級品としてのレッテルを貼られてきたSEIKOが生まれ変わり、これまでとは違う何かを伝えていくことはたやすくない、そこをどうやって行くかが勝負のカギを握っている。

「平均価格で6300ドルと決して安い時計ではありません。しかし、グランドセイコーの持つストーリーを伝えていくことが、その価値をさらに高めていきます。アドバトリアルでの情報発信、時計ブロガーの論評記事などを、デジタル系メディアを中心に行っています。また、イベントも積極的に開催し、日本から来た技能士に時計の組み立てを実演してもらうなど、その魅力を、地道に、そして丁寧に伝えていくことに取り組んでいます」と内藤さんは言う。

 

心の原点、アメリカ

高校2年生の夏に体験したアイダホ州でのホームステイが、内藤さんのその後の人生に大きな影響を与えている。「大きな家、大きな車、そして農家向けジャガイモ出荷用袋のセールスマンをしていたお父さんは、自家用セスナを操縦して営業に出かける。夕飯どきには家族みながテーブルを囲んで食事と会話を楽しみ、週末になれば家族全員でキャンプを満喫するライフスタイル───全てがアメリカンであり、70年代後半の日本からきた高校生は、十分すぎるほどの衝撃を受けました」。

大学時代にはミネソタ州にある大学への留学を経験し、就職の際にもアメリカとの接点があるのかといったことを優先事項に就職活動をした。セイコーに入社して海外法務担当になってからも、常にアメリカが意識の底にあったと内藤さんは言う。「当時の日本企業では、知的財産や貿易摩擦問題といった海外法務案件が増え始めていて、『海外法務』の重要性に一気に注目が集まり始めていた時代です」。セイコーも例に漏れず、グローバルM&Aの案件の増加など海外法務の必要性が高まり、今後は、より多くの専門知識が必要になると、一念発起してコロンビア大学のロースクールで、より深い知識を付けるために留学することを決めた。

 

巡り合わせを胸に、次の時代へと繋ぐ

その後も海外法務のプロとして、様々な案件に関わり研鑽を深めた。事業会社を知るためにとオーストラリアの現地法人社長を務めたりもしてきたが、内藤さんは会社人生の多くを海外法務とともに歩んだ。そんな内藤さんがアメリカ現地法人のトップとして駐在し、SEIKOの新体制を率いていことに、内藤さん自身が一番驚き、そしてやりがいを感じている。「色々な意味で『巡り合わせ』を感じずにいられません。セイコーの北米史において、今回の変革は間違いなく最大規模となります。古きを捨て、新しきを作り育てる───この2つを同時に成し遂げることは、思った以上に大変でした。それでも、この2年半でグランドセイコーのビジネスも順調に成長し、ようやく次のステージが見えてきた所です」。

「就職活動の時に、もう一つ判断基準にしていたことがあります。それは、ホームステイの時から気にかけてもらっているアメリカの両親に説明しやすく、そして喜んでもらえる会社であること。入社当初から、いつ、アメリカのトップになるんだ?と冗談交じりに言われ続けてきましたが、まさか、その夢が実現するとは───。ここからの3年が正念場です。しっかりと成長基調に乗せていくために、この巡り合わせに感謝し、新しいSEIKOを知ってもらうために走り続けたい」。内藤さんの、そしてSEIKOの新しい時代の幕が切って落とされた。

 

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グランドセイコーの代表的なモデル

 

www.grand-seiko.us.com

《企業概況ニュース 2019 3月号掲載》