企業訴訟においては「Eディスカバリーに最も費用がかかる」とよく言われる。たしかにその通りだが、必要の数倍の金額を払ったりしていないだろうか。比較的小粒の企業訴訟でも数千万円はかかるEディスカバリー手続き。大型企業訴訟ともなると数億や数十億は普通である。必要以上の費用を払った場合の金額的ダメージは大きい。
今回はEディスカバリーにおける「ぼったくり」(弁護士や業者側に悪意はないにせよ非効率な対応で結果的に必要の数倍の費用を払っているケース)の典型的パターン、その避け方について解説する。
Eディスカバリー作業の流れ
簡単にまとめると以下の通りである。
(1) 関係データの所在の確認(弁護士がクライエントに確認:Eディスカバリー業者と連携)
(2) 証拠が失われないようにデータの保全・コピー(弁護士の指示のもとにEディスカバリー業者が対応:あまり費用はかからない)
(3) 必要データをレビュー用のプラットフォームにコピー・移動(Eディスカバリー業者が対応:データ量によるチャージで費用は比較的に高額)
(4) データのレビュー(弁護士のチームが対応:Eディスカバリー業者の請負も:時間チャージで高額)
典型パターン1:不要なデータをプラットフォームに載せ過ぎ
上記の(3)の作業の部分でよくある失敗例。弁護士や業者の提案で(2)で保全したデータの殆どをレビュー用のデータベースに載せてしまうというケース。これをやってしまうと、かなり莫大な費用の浪費となる。理由は二つ。
まず第一に、データの移動チャージが高額にかかること。レビュー用プラットフォームへのコピー・移動は、データ量によってチャージされることが多い。(「何ギガバイトごとにいくら」というやり方。)しかし(2)で保全されるデータの量は膨大である。(「担当関係者のPCやスマホ全てと関連部署のサーバーのデータ全てを保全する」等。)したがって、そのデータを全て移動するには、かなりの費用がチャージされることになる。例えば、中型の企業訴訟で数千万円程度。
第二に、いったんデータをレビュー用にまわしてしまうと、大量の不要なデータの仕分けレビューに気が遠くなるような莫大な費用がかかること。データ保全の作業では、万が一の証拠紛失を避けるために広範なデータを保全対象とする。したがって、保全されたデータの多くは不要なものの確立が高い。ところが、これらのデータをいったんプラットフォームに載せてしまうと、基本的にはそのデータのチェックや仕分けのためにレビューする必要が生じる。このレビューをする人員は時間チャージのため、この不要データのレビューに多くの時間と費用がかかることになる。PCやスマホと違い、レビュー用プラットフォームは閲覧性が低いため、多くのデータをざっと素早くみて要不要を判断することが難しい。したがって、膨大な量の不要なデータをレビューチームが一ページずつ遅々とレビューする作業が何ケ月も続くということになりかねない。そうなってしまった場合に浪費される費用は、例えば数億円から数十億円。
典型パターン1防止法:完全に不要なデータは早期にはじく
これは筆者のやり方。上記の罠に陥りそうになっていた他事務所のリティゲーター(訴訟弁護士)に相談されて教えたこともある。
簡単に言うと、不要なデータが大量にレビュー用プラットフォームに載らないように、訴訟弁護士がPCやスマホのデータを事前に確認し、必要なファイルのみをプラットフォームに載せる、というやり方だ。
具体的には、クライエント担当者のPC等の中身をリモートで見せてもらい、担当者個人と話しながらファイルごとに関連データがありそうか全く無さそうか確認。関連データがある可能性のあるものについては、ファイルごとレビュー用に載せるが、全く関係ないファイルはレビュー用からは除く。(いずれのファイルも既にデータ保全済み。)取りこぼしがあると後で面倒なので、ここでもかなり保守的にレビュー用に多くのファイルを廻すが、この作業によって例えばPCなら大半のデータははじかれることになる。
なお、この作業には訴訟の全容と戦略の理解と判断力が必要であり、取りこぼしがあると大問題なので、その責任もとれるシニアレベルの訴訟弁護士による対応が必要。この訴訟弁護士のタイム・チャージは発生するが、数百万円単位の作業で数億円単位の費用の浪費を妨げられるのであるから安いものだろう。
典型パターン2:惰性で低クオリティのレビュー作業を延々と、やるべきことはやらず
大型の訴訟や不祥事となるとデータのレビューに数年間もかかるということも多く、「事務所に入ってから数年間、ずっとデータのレビューだけをしている」というような大手事務所の若手弁護士にも会う。そうなってくると、いつの間にかデータのレビュープロセスは独り歩きを始めて、クオリティは下がり、やるべきことはやっていない、ということになっている場合が出てくる。
なお、レビューチームの典型的な編成は、ジュニア・アソシエイトが下請けのレビューアー達をスーパーバイズする、というやり方。それ自体は悪くはないが、そのまま放置しているとどんどん惰性で作業が独り歩きしやすくなる。
そもそもディスカバリーの書類やデータのレビュー作業のクオリティの維持は非常に難しい。例えば、その昔90年代の大量のディスカバリーもペーパーで行っていた時代、レビューはレビューアーでなく若手訴訟弁護士のエリートを一時的に集めてやっていたが、それでもレビュー後の書類をスポットチェックすると惨憺たるものだった。2000年以降のEディスカバリーでは、レビューアー(つまり実質は訴訟弁護士ではない)チームが対応することが増えたので、クオリティの確保は更に困難さを増している。(ちなみにEディスカバリーになってからは閲覧性が低いためスポットチェックが以前よりも困難になり、垂れ流しのケースも多い。)データレビューは面白くない単調な作業であるし、キャリア上のステップアップにはならない、という辺りも難しさの背景はある。
また、やるべきことをやっていない、というパターンにも陥りやすい。例えば以前に筆者が途中から担当した不祥事案件。すでに数年間に渡って大手事務所がデータレビュー作業を行っており、もう数十億円の費用が掛かっていた。ところが「まだ日本語のデータは全くレビューしていない」とのこと。(「日本本社と海外の日本人幹部を中心に犯罪行為をコーディネートした」との疑いの案件だったのだが。)その案件でどうだったかは別として、優先順位の高い作業をせずに他の作業に費用を浪費し続けるというケースは起きやすい。
このようなレビュープロセスに関する浪費は、大型案件ではすぐに億単位の金額になるので、特に注意が必要だ。
典型パターン2防止法:トップの訴訟弁護士によるレビューへの参加
これも筆者のやり方。筆者の立場はシニア・パートナーだが、努めてレビュー作業に関わることにしている。アソシエイト弁護士等への丸投げはしない。
そもそも、なぜシニア弁護士がレビューに関わるべきなのか。非効率ではないのか。案件のトップが些末な作業に関わるなど論外ではないか。いや、全くおかしいことではなく、それこそが訴訟対応の基本であり王道だ。まだ若手だった頃、一緒に対応をしていた大物訴訟弁護士の言葉が印象に残っている。「訴訟弁護士は、いつかは証拠書類達と握手をせねばならない」。法廷においては「そこはアソシエイトが知っています」「アソシエイトに任せました」などと振ることは出来ない。データや書類一つ一つの対応についての責任をとらねばならないからだ。
現場に行くのはプロジェクト・マネージメントの基本中の基本で、当たり前と言えば当たり前のことだが、これが全く出来ていない場合が圧倒的に多い。
だからと言って、当然シニア弁護士がずっとレビューに付き合っている訳にもいかない。ただ、努めてレビューアー達がいる場所に行き、30分でも1時間でも一緒にレビューをしながら質問を受け付ける。レビューアー達のやる気はそれで向上し全体的な作業クオリティの底上げになるし、疑問点や問題点の解決により直接的なクオリティ向上やレビューアー達の教育・スキルアップにも通じる。また、案件についてわかっているつもりでも、実際に膨大なデータに触れると新たに見えてくるものも多く、それによって全体の戦略も修正されることもある。そして、それがまたデータレビュー作業の方向性の修正や対応の取捨選択による効率化にもつながる。なお、この辺りの判断はアソシエイトでは出来ない。
ちなみに、特にレビュープロセス初期やデータセットが変わった時点において参加を心がけるようにしている。思いもよらぬタイプの書類が出てきたり、ベテランから見たら要注意の問題書面が出てきたり、ということも多い。
過剰請求を生む業界構造
ディスカバリーは作業量が多く、どうしても費用が嵩みがちだ。しかし、費用を膨張させる一因は法律業界のビジネス構造にもある。ディスカバリー作業の高収益により発展してきたビジネスだからだ。
この30年間ほど米国の法律事務所は人数増加による急速な大手化を続けてきた。そのビジネスモデルを支えてきたのが、訴訟側ではディスカバリー作業だった。90年代前半までは、ジュニア・アソシエイトと言えども実際に訴訟実務を行っていたが、それ以降はディスカバリー人員が大半となる。これは若手弁護士達にとってはスキルアップできなくなり不幸だったが、事務所側としては(訴訟弁護士としての適性には無関係に)単純作業に多くの人員を投入し稼働させることが可能になり、そこからの収益が大手法律事務所の拡大戦略の基盤を支えてきた。クライエントへの請求も大幅に膨らんだため、リーマン危機以来は多少の見直しはされているが、まだ実質としてはあまり変わっていない。
そして、Eディスカバリー業者は、過去20年ほどの間の反トラスト法違反等の企業犯罪案件の増加により、業務が急増しビジネスを拡大した。データ処理だけでなく、それより実入りの良いレビュー作業にも(一時雇いのレビューアーを使って)参入している。トランプ政権になりホワイトカラー犯罪における企業訴追が激減したため、このビジネスモデルも岐路に立たされてはいるが、基本的には変わっていない。
この数年、クライエント企業側のバジェットも厳しくなっており、このままのビジネスモデルが今後も継続できるとは思われないが、大手のビジネスモデルの根幹を成している部分なだけに根本的な改革は困難を極める。
AIで解決?
弁護士にAIがとって代わるのは、まだ先の話だろう。しかし、これまでに優秀なアソシエイトが必要とされてきた作業のうち、単純作業に近く経験や判断力よりも緻密さとスピードが求められる業務においては、おそらくAIやソフトウェアのほうがすでにクオリティもコストパフォーマンスが高くなってきている。ディスカバリー作業はこれに当てはまるだろう。
しかし、企業訴訟のEディスカバリー作業をAIで対応するには、まだ時間がかかりそうだ。これはテクノロジーの問題というよりも、訴訟の力学の問題。敵である訴訟の相手側とAIのアルゴリズム等について合意することが困難だからだ。それがそれほど問題にならない政府による訴追案件では、限定的にではあるが(当局との相談のうえで)AIの導入がしやすくなってきている。但し、AIの能力はまだ非常に限られており、AI活用をすれば単純レベルでの間違いは減るものの、根本的な問題の見落としなどは避け難いので、導入はその都度慎重に行う必要がある。
先日、筆者がメンバーであるニューヨーク市の弁護士会の訴訟委員会において「AIをディスカバリーで使っているか」と尋ねてみたが、やはり使っている弁護士はほぼいなかった。「不祥事等で限定的に少し使ったことはある」という者が一人二人いた程度。
但し、筆者としては訴訟作業を効率化してコストを下げることは急務であり、それが自らのビジネスモデルであるとも考えているので、訴訟委員会のプロジェクトとして、AIの活用についての現状調査や有識者(連邦裁判官等)からの意見聴取、更には関連ルールの整備に向けて活動を開始している。
Eディスカバリーで「ぼったくり」されないための心構え
Eディスカバリーのテクノロジーは急速な変化を続けており、新規案件ごとに「今は何が出来るのか」と業者に確認する必要があるという状況。また、ベンダーによる「画期的なテクノロジーが出来た」「新たなテクノロジー効率化できる」等のセールストークも多い。
このような流動的な状況において正しい判断をするには、やはり根本に立ち返るということが必要だろう。「この訴訟におけるリスクは何なのか」「データにあるリスクは」「データ収集と分析によって何をしようとしているのか」「その戦略的な意味は」などの分析に基づき、「提案されている作業は具体的に何なのか」についてしっかり理解し、「どの作業をどう進めるべきか」「コストは効果やリスクに見合っているのか」について判断する必要がある。
訴訟の対応においてマジックはない。弁護士まかせでも業者まかせでもテクノロジーまかせでも失敗をする。データとテクノロジーと「握手」をしながら、腰の据わった効率的な対応をすべきである。
(米国訴訟弁護士 齋藤康弘)