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製造業の革新:INDUSTRY4.0 — IoTが加速させる世界

2020年はCOVID-19の感染拡大により、ソーシャルディスタンスやリモートワークなど我々を取り巻く仕事環境が激変する年となりました。アメリカでは「ニューノーマル」という言葉が使われ始め、日本経済産業省の「ものづくり白書」によれば、「不確実性の時代」となったとされます。しかし、より大きな流れでいえば10年ほども前から、我々はすでに「インダストリー4.0:第4次産業革命」という歴史的な産業の転換期にいることにお気づきでしょうか?

「インダストリー4.0」は、2011年にドイツ政府が発表した国家プロジェクトです。18世紀後半に始まった蒸気機関によるイギリス発の産業革命を第1次産業革命として、「第4次産業革命」とも呼ばれています。

なぜドイツの国家プロジェクトが、世界中に広がる概念となったのでしょうか?もともとドイツは製造業に強みを持つ製造大国でしたが、高い人件費や技術者の高齢化、中国などの新興国の台頭により、その地位を失いつつありました。その復活の策として、主要な市場(欧州市場)に近く、技術力の高い中小工場が国内に多くあるというドイツ産業構造の利点を最大限に活かせるように、はじめられたのがインダストリー4.0です。ドイツ国内の各工場を連携させ、一つの大きな仮想工場として製造業務を効率化し、生産能力の向上、製造コストの低減をはかります。さらに販売先や発注先といった市場までを工場とつなげることにより、いままでの供給者視点のマスプロダクション(大量生産)から、複雑化する顧客のニーズに応えることのできるマスカスタマイゼーション(効率的な変量多品種生産)を実現させようというものです。その実現化の鍵となるのが「デジタル化」です。工場ひいてはバリューチェーン全体をデジタル化し、俯瞰的かつリアルタイムにコントロールできるようにすることで、生産性の向上、急な環境変化に対応できるようにしようというコンセプトが、複雑化・不確実化する現代を見据えた先見的なものだったのです。

またインダストリー4.0はもう一つ優れたコンセプトを取り入れています。それは「オープンイノベーション」です。かつては、イノベーションはそれぞれの個人・各企業から生まれていました。しかし、異業種の新規参入などで製造業の産業構造が大きく変化し、既存の枠組みを超えて技術が融合・多様化するなかで、一つの専門分野だけではイノベーションを起こすことは難しくなっています。そこで一社・一グループですべての技術を賄おうとする「自前主義」から脱却して、他の企業や研究機関と協業して外から技術を取り入れてイノベーションを起こす「オープンイノベーション」が重要となってきています。この要素がインダストリー4.0をドイツだけのクローズドなものにせず、グローバルに開かれた産業エコシステムを構築するものとして、世界中に受け入れられていったのです。

インダストリー4.0では、サイバーフィジカルシステム(Cyber Physical System)が重要な核となります。これはフィジカル(現実世界)の様々な業務や機器の状況をセンサーなどでデータ化し、サイバー空間上にデジタルツイン(デジタルの双子)として再現、それを定量的に分析し活用できるようにするものです。これを工場に適用したのが「スマートファクトリー」です。工場の製造活動や設備稼働状況などをデジタル化していくことで、製造現場の経験や勘に基づく「暗黙知」を言語化して「形式知」にし、AI(人口知能)に反映させたりなど、品質や生産性の大幅な向上、業務プロセスの変革を実現します。

ひとつの例として、ドイツのポルシェ社電気自動車「Taycan」の新工場では、ベルトコンベアの代わりに、無人搬送車(AGV)が組立中の車を運ぶという世界初の試みがされています。通常は原材料や部品などを運ぶAGVで組立ラインを構成することにより、限られた工場立地であっても、生産品にあわせて柔軟に構成を変更できる組立ラインを実現しています。これを開発したのが、インダストリー4.0の中核企業であるシーメンス社です。日本経済新聞の報道によれば、実際の生産設備やシステム、自動車などのデータをサイバー空間に取り組み、デジタルツイン化し、そこでシミュレーションを重ねることで、建設からシステム導入まで通常数年かかるものを1年半程度で完成させたとのことです。

インダストリー4.0への対応は非常に複雑かつ企業変革を要するもので、数年以上かかる長期プロジェクトとなります。2017年にドイツの科学技術アカデミーは、企業のデジタル化の成熟度を評価するための指針を公開しました。それによれば、インダストリー4.0対応は、目標を決めて、段階的に進めていくことが重要とされています。まずはセンサーやシステムなどを用いて、工場の生産活動や設備状況をデータ化し、可視化することからはじまります。次に収集したデータを分析し、それぞれの活動の相関関係を明確にします。そうすることによって、今後おこるであろうことの予知・予測ができるようになります。最終的には機械が状況を判断し、自律的に制御をおこなえるようになるとされています。

これらの実現には大量のデータが基礎となります。それを支える技術が「IoT」です。IoTとはInternet of Thingsの略称で、「モノのインターネット」とも呼ばれています。世界中のあらゆるモノがインターネットにつながることを目指すもので、すでに200億から300億のセンサー・デバイスがインターネットに接続されているとされ、市場規模は3兆円にもなっています。IoTを用いて工場のあらゆるモノや設備からデータを収集、デジタルツイン化し分析することで、製造ライン停止の原因究明、故障予知などに活用でき、生産コストや余剰在庫の削減、生産性の向上が期待できます。質の高い現場データを収集することは、まさに製造業の貯金といえるでしょう。

このように製造業の産業構造を大きく変え、次世代の製造業モデルを創出していく「インダストリー4.0」ですが、世界各国もドイツにならって、各国の事情にあわせた第4次産業革命戦略を策定しています。その一番手ともいえるのが、一人っ子政策による労働人口の減少に悩む中国です。

2015年に中国は「中国製造2025」を発表しました。これは今後10年間の中国製造業発展のロードマップで、中国建国100周年の2049年までにドイツや米国、日本を抜いて製造強国のトップとなるために、まずは第一段階として2025年までに世界の製造強国入りを果たすとしています。5つの基本方針としてイノベーション駆動/品質優先/環境保全発展/構造の最適化/人材本位が掲げられており、いままでの労働集約型の大量生産スタイルから、ITやロボット、AIを活用した技術密集型/知能的集合型の産業にシフトをはかろうとしています。最近ではISOやIECといった国際標準規格機構に積極的に40代以下の若手を送り込むなどして、次代の人材を育成し、ドイツが「インダストリー4.0」で実現しようとしている製造業データ共通標準規格の策定においても、遅れをとらないようにしているそうです。

日本は目指す産業の姿として、「コネクテッド・インダストリーズ」というコンセプトを打ち出しています。これはデータを介して企業と企業、機械と機械、人と人などがつながることで新たな付加価値創出を目指しています。とくに日本の製造業は製造現場の良質なデータを大量に保持していますので、これをうまくつなげて活用し、技術革新や生産性工場、技能伝承などを実現しようというものです。またこれを社会全体に敷衍させたソサエティ5.0という未来社会像を描いています。

アメリカも2012年にゼネラル・エレクトリック社主体で「インダストリアル・インターネット・コンソーシアム」が設立され、デジタル技術による製造業のサービス化に取り組んでいます。ただ2000年前後から始まったグローバル化の波にのって、海外への工場移転を進めたことが仇となり、製造力を大きく失ってしまった結果、この分野では「インダストリー4.0」ほどの存在感を出せていません。しかし、米国にはMicrosoftやAmazon、Googleといった巨大IT企業が存在し、第4次産業革命には欠かせないクラウドベースのITインフラを世界中に提供しています。AmazonのAWS社は2019年には130億ドル以上の巨額の設備投資をしたと発表しており、世界のサーバの3分の1はこれら米系IT企業が保有しているとまで言われています。世界中の工場から収集された膨大なデータ管理はこれらの企業に頼る形となり、たとえばフォルクスワーゲン社は世界122施設を接続し、設備、工場、システムなどのデータを収集する産業IoTプラットフォームをAWSのクラウドサービス上に構築することを発表しています。

またアメリカは消費者向けのIoTサービスが進んでおり、たとえばテスラ社の電気自動車はIoT技術の塊と言われています。テスラ社の車はインターネットに常時接続しており、自動運転ソフトをアップデートしたり、車の走行状態やパーツ異常発生などを送信しています。車の状態を常時把握できていることにより、顧客との双方向コミュニケーションを可能にしています。社内にはメータのかわりに15インチのタッチ式ディスプレーが設置され、動画やゲームを楽しむこともできます。もちろん走行はオートパイロット主体ということで、スマートフォンに慣れ親しんでいる若い世代にとっては、テスラ社の電気自動車はクルマというよりも、ダウンロードで新機能が追加されていく、高価なIT電子機器とした位置づけとなっているようです。まさにIoTによる「新しい価値観」を提供しているといえ、20年7月時点でテスラ社の時価総額は自動車業界でなんと1位となっています。

COVID-19により、既存のサプライチェーンは分断され、製造業は大混乱に陥りました。自動車メーカーがマスクや人工呼吸器を緊急生産するなど、再び製造業が国力の重要な指標となる時代となりました。過去の産業革命では、製造業は飛躍的に生産性を向上させました。「第4次産業革命」はいままさに進行中です。歴史的に産業革命の流れにのった国は繁栄し、対応できなかった国は衰退してきました。その違いはどこにあるのでしょうか?よくよく考えてみますと、いずれの産業革命でも「人の作業」が変化しているのがわかります。第1次産業革命では蒸気が人の作業の代替となり、第2次産業革命では電気が人の作業の代替となり、第3次産業革命ではコンピュータが人の作業の代替となり、そして第4次産業革命では機械の自律化が人の作業の代替になろうとしています。産業革命により、人は人にしかできない、より付加価値の高い仕事にシフトし、結果的に生産性を大幅に向上させてきたのです。第4次産業革命においては、IoTによって収集された大量のデータを分析し、利活用できる人材が不可欠となります。いわゆるデータ駆動型のものづくりが必要となってきますが、残念ながら製造現場にはデータ分析やAIに強い人材は少なく、ITベンダーには業界要件や生産技術の知識を持った技術者は少ないのが実情です。データ扱い知識とビジネス知識が揃わなければ、せっかく収集したデータを十分に利活用することはできません。

ロボットやAIを用いた自動化・省人化のイメージが強いインダストリー4.0でも人間と機械の共生は重要なテーマで、中国の製造2025でも人材本位を基本方針の一つとしています。2017年にドイツ・ハノーバーで行われた世界最大級の産業ITソリューション展示会「CeBIT」では日本の安部首相が登壇し、共通の規格と並んで、教育の方法を一緒に考えていこうとスピーチしています。第4次産業革命において、企業がその競争領域を確保していけるかは、自社ビジネスや製造現場に理解の深いデジタルスキルをもった人材の育成にかかっているといっても過言ではありません。それにはまず、小さくとも工場のIoT/デジタル化プロジェクトをすぐに始め、次代に向けての人材育成と第4次産業革命対応のスタートを切る必要があるのではないでしょうか?

 

館岡 浩志
Business Engineering America, Inc(BENG)

《企業概況ニュース》2020年 創立記念号掲載