Home > Featured > 【米国人事労務管理 最前線】 継続するコロナ禍における人事労務管理

【米国人事労務管理 最前線】 継続するコロナ禍における人事労務管理

新型コロナウイルス(以下「コロナ」)の影響が止まりません。本稿を執筆している7月上旬時点で、大半の州で感染者数が増加し、アメリカ全体では確認されているだけでも感染者数は累計300万人を超え、死亡者数は13万人を超えています。そのため、再開の一時停止を判断した州もあれば、一部業種の再開拡大の延期や州間移動・自主隔離ルールを含む規制等を強化した州もあり、前進しているとは言い難い状況です。もちろん感染者数の増加だけで全てを論じることはできず、たとえば病床占有率・陽性率・重篤患者数・死亡者数・回復者数の増減やコロナについての新たな科学的事実等も見ていかなければなりませんが、いずれにしても、予防のためのワクチンや治療のための新薬の開発・提供等の大きな転換点を迎えるか、現時点では想定できない何か劇的なことが起こらない限り、全体的な状況が大きく好転するとは考えにくいでしょう。

今年が始まった時点で、このような状況下で独立記念日を迎えると予想できた人は皆無だったと思いますし、この影響が今後数か月間ではなく1~2年間に亘って及ぶ可能性もあるなど、今後について正確に予測できる人は少ないと思います。その前提で、以前に本コラムで少し触れた点も含めて、継続するコロナ禍において人事労務管理面で押さえておきたい4つの大きなポイントについてお伝えします。

1.コロナに関する事実と安全・健康対策

“新型”と言われる今回のコロナについては未だに分かっていないこともあり、今後も新たな科学的事実が判明してくるはずです。 たとえば、これまでは主な感染経路として飛沫と接触があると言われてきていますが、科学者200人以上が「空気感染の可能性を示す証拠がある」と指摘していることを受け、WHO(世界保健機関)がその可能性を精査していることを明らかにしました。 飛沫感染防止には特に物理的に距離をとること(人同士の距離を6フィート以上に保つ等)、接触感染防止には特に清掃と消毒を徹底すること(頻繁な手洗い等)が強く推奨されていますが、空気感染のリスクが証明されると、これまで有効と言われてきているソーシャルディスタンシングやマスク着用、屋内の換気等に新たな感染予防対策が加えられるかもしれません。

このように、新たな事実が判明すると、それに合わせて対策も変わります。 連邦政府、CDC(疾病予防管理センター)、各州政府や各地域の保健衛生局の足並みが揃わず、それぞれで異なるガイドラインが出されるなど分かりにくい部分もあるとは思いますが、可能な限り全てを網羅しつつ、最新の情報とガイドラインを頻繁に確認し、それらに合わせて自社の規程を柔軟に変更していくことが必要です。 その取り組みが、最も重要な従業員と関係者の安全と健康を守ることになり、延いては苦情や訴訟のリスクから会社を守ることにも繋がると考えます。

2.Black Lives MatterBLM運動と差別禁止

BLM運動は、2012年2月にフロリダで黒人のトレイヴォン・マーティン氏が自警団員によって射殺された事件に端を発し、2013年にソーシャルメディアで#BlackLivesMatterというハッシュタグが拡散されたあたりから組織化されて大きくなってきている運動で、主に黒人に対する暴力や構造的な人種差別の撤廃を訴えている運動として知られています。 2014年7月にニューヨークで黒人のエリック・ガーナー氏が複数の警察官による過剰な暴力によって(首を押さえつけられて)死亡し、同年8月にミズーリで黒人のマイケル・ブラウン氏が警察官によって射殺された後に起こったデモ行進と暴動によって世界に知れ渡りましたが、今年5月に黒人のジョージ・フロイド氏がミネソタ州ミネアポリス近郊で白人警察官のデレク・ショーヴィン氏によって首を絞められて死亡したという事件で詳しく知ったという方も多いのではないでしょうか?

「人種差別の撤廃」という点で人事労務管理への影響を考える時、1950年代半ばから本格化した公民権運動を意識しておく必要があります。 公民権運動を非常に簡単に説明すると、当初はアフリカ系アメリカ人の権利・地位向上のための反人種差別運動だったものが、様々な面で差別的な扱いを受けていた他の有色人種や女性等に拡大し、1964年の公民権法の制定・施行に繋がっていきます。 公民権法第7編では、5つのProtected Groups(=法律によって保護されるグループ)として人種、肌の色、宗教、出身国、性別が明記され、それらのグループの特色に基づいて雇用上の決定をしてはならないと定められました。 Protected Groupsはその後、様々な法令で障害、市民権、軍役、年齢、遺伝子情報等にまで拡大しています。(州や郡・市によっては連邦レベルよりも細かい独自の定義が存在するところもあります。) また、この6月に連邦最高裁判所は、LGBTなど性的マイノリティーの人達に対する職場での差別的な扱いは公民権法に違反すると判断しました。

今回のBLM運動に関連して、黒人以外でも不利益を被っている人達や社会的弱者と位置付けられる人達が自らの権利・地位向上を主張することは想定されますし、それらが強く意識されればされるほど、一般社会だけの問題に留まらずビジネスや職場にも波及していくと思われます。 様々な事業活動への制限等の理由で、今後、人員整理を含む何らかの雇用対応を検討・実行せざるをえなくなるかもしれませんし、オフィス勤務する従業員と在宅勤務する従業員とを分けたり、従業員によって勤務時間や勤務形態が異なるような制度を導入されるかもしれません。 そのような雇用上の決定をされる際には、これまで以上に公平性と透明性を意識し、仮に特定のグループにとって差別と解釈されるような決定であれば、その決定は控えるべきでしょう。

3.大統領選と移民関係の政策

今年11月の大統領選挙に向けて、これから選挙戦が本格化していきます。 年初には再選確実との予想も多かった現職のトランプ大統領が再選を果たせるのか、それとも4年ぶりの政権奪還を目指す民主党の候補者指名を確定させているバイデン前副大統領が勝てるのかに注目が集まります。 そして、それぞれの岩盤支持層に大きな揺らぎはなく、選挙の結果を左右するのは過去の大統領戦と同様に接戦州での勝敗になると見られています。 現時点での支持率は、さほどの露出をしてきていないバイデン氏がトランプ大統領を上回っているという世論調査結果もあり、選挙戦の争点が両陣営の政策(経済、医療、教育等)ではなく、トランプ大統領のここ数か月間のコロナ対応の是非を問うものになっていると言えます。 それでも、バイデン氏に対する種々の不安要素があるのは事実で、現政権の今後のコロナ対応や経済回復の進展によっては政策が注目される可能性ももちろんあり、まだ不確実性は残ります。

トランプ大統領は基本的には自国第一主義を貫いており、その主義主張は良くも悪くも様々な政策に反映されています。 その中でも、6月に署名された大統領令で、一部の非移民就労ビザ(カテゴリーH、L、J)の新規発給等を年末まで停止・制限するというものは衝撃的で、駐在員(企業内転勤者)が多く利用するLビザが対象となっていることから、在米日系企業においては人員計画の見直しを迫られていると推察されます。 また、IT技術者が多く利用するH1Bビザの保持者を雇用する企業にとっては大きな痛手となり、短期的には米国市民の雇用を確保するという目的は達成できるかもしれないものの、中長期的には経済回復や雇用・労働市場の改善には寄与しないと考えます。

4.各種経済対策救済策と雇用・労働市場

このコロナ禍の中、史上最大規模とも言われる経済対策法である「The Coronavirus Aid, Relief, and Economic Security Act (CARES Act)」に代表される新法の施行や「The Families First Coronavirus Response Act (FFCRA)」による病気休暇・家族介護休職法の拡充によって、個人・企業を経済面で救済しようという大きな動きがあり、一定の効果は見られました。 その効果は失業率にも表れており、世界恐慌以降で最悪の14.7%に達した4月以降、5月は13.3%、6月は11.1%と、依然として高い水準ではありますが、改善傾向と言えます。 そして失業保険新規申請数は、週あたりで過去最高の約660万件を記録した3月最終週以降は減少傾向にあります。 しかしながら、多くの方が参考にされていると思われるIMF(国際通貨基金)、OECD(経済協力開発機構)、World Bank Group(世界銀行)から出されている経済見通しは楽観的ではなく、短期間では2019年第1四半期の水準には戻らないと予測されており、各種経済対策・救済策で受けた恩恵(資金等)が底をつく時期に新たな局面を迎えると予想されます。

2008年9月に起こったリーマンショック以降の数年間を思い返してみると、この状況が雇用・労働・人事労務管理にどのように影響するかは3点あると考えます。 1点目は人員整理で、ビジネスの不調が後になってから現れてくる企業では、事業撤退・部署閉鎖・解雇等が起こってきます。 2点目は採用・雇用で、ビジネスが好調な企業では、多くの失業者の中から比較的苦労せずに人材を採用できる可能性があります。 そして3点目は給与額で、同じポジションであっても現行従業員と不況時に採用した従業員との間で給与格差が生じてしまい、後になって格差解消のための調整が必要になってきます。

 

今回の記事では、あくまでも現時点で考えられる大きなポイントだけを取り上げました。 今後もビジネスや雇用・労働・人事労務管理に影響すると思われる政治・経済・社会・国際関係(特に対中国)等の動きは注視・分析していく必要があります。

正常な状態に戻るまでにはまだまだ時間を要すると思いますが、皆様が安心して業務を遂行できる時期が一日も早く訪れることを願っています。

ご質問等がございましたら、いつでもお気軽にお問い合わせください。


三ツ木良太 
HRM Partners, Inc. President and COO

《企業概況ニュース》2020年 創立記念号掲載