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激化する米中対立の行方と 日本の取るべき対応

 アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)は、東日本大震災と福島原発事故の半年後に設立された日本再建イニシアティブを発展的に改組し、アジア太平洋地域における自由で開かれた国際秩序の構築を目指して発足した独立系シンクタンクだ。2018年に国際協力銀行の調査担当特命駐在員として渡米し、API上席研究員を兼任する大矢さんに、深刻さを増す米中対立の行方と日本が取るべき針路についてお話を聞いた。

1.API研究員としての使命

 アメリカの外交政策や経済政策、安全保障政策などをフォローし、必要なレポートを東京に送付すると共に、各種媒体での情報発信、米国のシンクタンクとも協働しながら提言書の作成などを行うことが私のミッションです。アジア太平洋地域の平和と繁栄にはアメリカのプレゼンスが不可欠です。したがって、アメリカの動向をフォローすることは我々APIにとって非常に重要です。米中関係が緊迫する昨今は、影響力を増す中国に対するアメリカの認識と対応をフォローすることも私の大事な活動となっています。

2.中国への依存度低下と同盟国の連携

 新型コロナウイルスの感染が拡大したアメリカでは、医療用マスクや防護服など、必要な医療物資の入手が困難な状況に陥りました。世界的大流行による医療物資の爆発的な需要増加に加え、中国が輸出制限措置をとったことも要因です。これを機にサプライチェーンの脆弱性が浮き彫りとなり、中国依存への警戒が米国内で高まりました。サプライチェーンの問題は、効率性と強靭性のトレードオフに関してそのバランスをとることが重要だと考えます。そのためには、民間企業任せではなく、国が政策誘導や規制を行う必要がある分野も出てくるでしょう。しかしながら、強靭性を高める政策は、政策誘導のための財政支出や販売価格の上昇などコストが発生します。したがって、あらゆる品目に関して中国での生産をやめて全てを日本や米国に生産回帰というのは、現実的な対応策にはならないでしょう。重要かつクリティカルな品目をよく見極め、様々な施策を組み合わせてバランス良く対応していくことが肝要です。具体的な政策としては、生産の国内回帰に加え、複数国に投資を分散するダイバーシフィケーション、一定の在庫確保、緊急時に増産できるようなサージキャパシティの確保などが挙げられます。また、効率性の観点からは、一国のみで対応するのではなく、価値観を共有する同盟国等と協力して対策を進めるのが望ましいでしょう。

3.アメリカ大統領選挙の結果がもたらす対中政策の変化

 バイデン氏が新大統領になれば対中政策が宥和的になるという意見もありますが、そうならない可能性の方が高いのではないかと考えています。自らをタリフマンと称するトランプ大統領に比べれば、関税引き上げには慎重ではあるものの、同盟国と協調しながら中国を牽制する姿勢は続くと思います。もちろん、アメリカ国民の対中感情が悪化しており、現在のトランプ大統領の対中強硬姿勢には大統領選挙にプラスに働くという計算が働いている部分はありますが、どちらが大統領になったとしても、米中の厳しい関係は今後も当分は継続するのではないでしょうか。

4.米中関係の悪化が日本企業に与える影響

 アメリカでは2018年に成立した2019年度国防権限法に基づき、今年の8月13日からファーウェイ、ZTE、ダーファなど中国5社の製品を利用する企業と米政府機関との取引が禁じられ、対象となる企業には大きな影響が生じています。また、7月23日にニクソン大統領図書館で行われたポンペオ国務長官の演説では、中国共産党を厳しく批判し、経済や安全保障などあらゆる面での中国の脅威を阻止するために各国に連携を呼びかけました。香港や新疆ウイグル自治区での人権侵害にも触れ、米産業界に対して、中国への投資は人権侵害を支援することになると警告しました。在米企業のみならず世界各国に対して、強制労働など人権侵害を伴う工場から製品を調達していないかという点でサプライチェーンに留意を求める動きも強まっています。ポンペオ演説が示すように、米中対立は単なる貿易不均衡ではなくイデオロギーの対立の様相を深めており、短期的な解決は見込めません。両国の価値観の狭間で民間企業が板挟みになる状況が今後増えてくるでしょう。日本企業にとって中国市場は極めて重要であり、これを全て放棄する必要はありませんが、それが自社の米国市場での活動や米国企業との取引にどのような影響を与えるかについては意識しておく必要があります。今まで以上に情報収集を行い、米国政府の政策や米国民世論を注視する必要があるでしょう。究極的には、企業自らがどういう企業でありたいか、その価値観を問いかけながら、今後のビジネス展開を考えていく必要があるかもしれません。

 

一般財団法人 アジア・パシフィック・イニシアティブ
上席研究員 大矢 伸

 

《企業概況ニュース》2020年 9月号掲載