トヨタ・マツダの工場新設が決定したことによって、「最も経済成長が期待される都市」として世界中の投資家から注目を浴びているアラバマ州北部に位置するハンツビル。ここ数年、企業進出が相次ぐハンツビルの魅力に、改めてクロースアップしてみる。
最先端技術を誇る企業進出が相次ぐ注目の都市
人口増加が州内1位
ハンツビルは、アラバマ州の北に位置するマディソン郡にある。古くは軍事産業で栄え、『ロケットシティ』の異名からも分かるように、現在では航空宇宙産業が大きな基盤となっている。中心にはNASAマーシャル宇宙飛行センター(Marshall Space Flight Center)があり、米国で2番目の規模を誇る産学官連携の研究開発施設「カミング・リサーチパーク(Cummings Research Park)」が存在することでも有名な都市だ。
ハンツビルの人口は、2020年9月現在で20万2453人で、その増加率は州内で最も高く、このペースで進めば3年後には現在州内人口最多のモンゴメリーを抜くと言われている。同州他都市の人口が横ばい、もしくは減少している中、ハンツビルのみが増加傾向にある。USニュースによれば、「住みやすい都市」で11位、「生活費が安い都市」で1位、「アラバマ州の住みやすい都市」では1位にランクインするほど人気が高まっている。
世界最先端技術が生まれる都市
カミング・リサーチパーク内には300以上もの企業が拠点を構えており、3万6000人以上の従業員、1万3500人の生徒を抱える。世界中の企業が集積するこのパーク周辺にはビジネス投資の増加が期待されいる。
ハンツビルでは、航空宇宙産業だけでなく、IT、自動車など様々な業種の最先端技術を誇るグローバル企業が集積しており、2018年、マツダとトヨタが、総額23億ドルの製造工場を建設するために新会社(MTMUS : Mazda Toyota Manufacturing U.S.A. Inc)設立を発表し、現在、2021年の生産開始に向けて急ピッチで工事が進められている。
トヨタはハンツビルに約1400名が働くエンジン工場を持ち、取引先である部品メーカーを含む150を超す自動車関連工場が点在する。同社は、約5万7000人の雇用を生み出している。同州に対するトヨタの貢献度合は非常に大きく、アラバマ州は、米国で5番目に大きな自動車生産数を誇る州にまで成長している。そのトヨタとマツダ両社による合併工場の新設は同市に大きな経済インパクトを与えると期待されている。
MTMUS工場では、両社が北米市場で注力しているSUVを生産、最大4000人の雇用を見込む。ハンツビルのバトル市長は「今後数十年にわたって雇用をもたらすレガシープロジェクトに取り組みます。これは、アラバマを業界のリーダーに飛躍させるものです」と語り、トヨタの豊田社長は「15年以上にわたり同州でエンジン生産を行ってきた経験に裏打ちされたものです。今後、両社の新たな『ふるさと』であるハンツビルやアラバマ州において、『町一番の会社』になることを目指して取り組んでいきたい」と抱負を語った。MTMUSのバイスプレジデントのブラジール氏は、新工場でのプロジェクトをハンツビルの主要産業である航空宇宙産業にちなんで「アポロ」と「ディスカバリー」と名付けた。
MTMUSの工場新設は、ハンツビルに経済成長をもたらす主軸となり、今後も同市の未来に大きな影響を与える存在。また、この工場の新施設によってインフラ、サービス業などの投資増加にも期待が高まり、商業的な経済成長も見込まれる。同工場に隣接する565号線の再舗装、車線増設といった道路拡張プロジェクトも発表されており、さらに電気自動車(EV)の普及を目指し、EV充電ステーション設置促進のための補助金制度も導入されている。
日系企業の進出が相次ぐハンツビル
トヨタとマツダ両社の進出によって取引のある部品メーカーの進出も今後続くと予想される。バンパーやインストルメントパネルなどの大型の樹脂製自動車部品を生産しているダイキョーニシカワも、この工場の新設に伴い新会社を設立、工場の建設に着手した。新規雇用は約380名で1億1000万ドルが投資される予定だ。また、ワイテック、キーレックス、豊鉄の3社も2021年の操業開始に向けて、共同出資会社をハンツビルに設立した。米国現地法人の総合物流企業のKライン・ロジスティクス (U.S.A.) インクも2019年6月に営業所をハンツビルに開設した。
この動きは、もちろん日系企業だけの話ではない。全世界、全米各地の一流企業が、ハンツビルに進出している。この流れの背景には、州や市による税金控除などのインセンティブ制度が充実していること、そして周辺に各業種屈指の企業があることで販路拡大などの相互的メリットが得られることが大きい。最寄りのハンツビル国際空港からは米国内の主要10都市への直行便が利用可能で、交通の利便性も優れている。人材育成、開発も盛んで、優秀な人材を集められることも強みの一つとなる。また、物価や家賃が安いため生活満足度が高く、生活するのに最適な環境が整っている、全米でも有数の注目すべき都市なのである。
ハンツビルへの企業進出のメリット
・高い技術を持つ企業が集まりやすいため、取引先や提携先が見つけやすい
・主に自動車、宇宙産業などの素材調達コストが抑えられる
・土地が安い
・米国主要都市へのアクセスがしやすい
・州政府によるインセンティブが手厚い
・産学連携の取り組みが活発である
・高度な人材育成、開発が充実しているため、優秀な人材が確保できる
・学歴の高い人材が多い
環境整う人材教育制度
ハンツビルには高度な技術を持つ人材が集まっており、STEM分野人材の雇用割合が多い都市で全米3位にランクインしている。アラバマ州立大学をはじめとする地元の大学と企業との産学連携による人材育成充実度は他州に比べて遥かに高い。
アラバマビジネス教育連盟(BEA:The Business Education Alliance of Alabama)が2020年1月に発表したレポートによれば、2025年までに50万人の新規高度技術者の雇用を目標値に設定し、今後も産学連携のパイプランをさらに提供、強化していくことを目指している。MTMUSの人材採用についてもアラバマ州商務省内の人材開発機関(AIDT)がサポートを行い、採用後の人材育成にも力を入れていく予定だという。
近年のハンツビルの主要企業動向
■ Aerojet Rocket-dyne(エアロジェット・ロケットダイン)
同社のロケット製造工場が、2019年6月に設立された。現在も拡張工事が進んでおり、全体でおよそ400人以上の新規雇用を生み出している。
■ Blue Origin(ブルー・オリジン)
アマゾンのCEOジェフ・ベゾス氏が創設した宇宙開発企業のブルー・オリジンが、ロケットエンジン生産施設をハンツビルに開所すると明らかにした。300人以上の雇用を予定している。
■GEアビエーション
軍用、商業用の航空機エンジンやロケットの材料が生産される工場が2億ドルの資金を投じて新設された。
■ハンツビル565 ロジスティックパーク
2020年の秋、様々な企業の物流センターが集積するパークの建設が開始される。GEアビエーションやターゲット、ポラリス・マニュファクチャリング、マツダ・トヨタなどの工場が隣接する場所に建設され、300人の従業員が雇用される予定。
■ Science Applica-tions International Corp(サイエンス・アプリケーションズ・インターナショナル)
国防総省など政府のプロジェクトを担う情報技術サービス会社のSAICは、同社が持つ施設のなかで2番目に大きな規模となる開発工場の拡張を発表した。
■ BOCAR(ボカール)
メキシコに本社を置く自動車部品メーカーが投資額1億1500万ドルで新工場を建設した。発表当初の雇用創出は300人で2020年製造開始。アルミ部品やプラスチック部品を製造する同社はトヨタやフォード、GMなどのメーカーに製品を供給する。
■ フェイスブック
7億5000万ドルを投資してハンツビルにデータセンターを建設すると2018年に発表。稼働予定は2020年だったが、新型コロナウィルスの影響で工事に遅れが生じていることが報道された。100人程度の新規雇用創出が見込まれる。
■ LGエレクトロニクス
2800万ドルの投資額でソーラーパネルの工場を新設。2つの生産ラインを増設予定で、160人の新規雇用創出を予定している。
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新型コロナウィルスの感染拡大の影響によって、米国の各都市が日々経済対策に追われているが、ハンツビルも例外ではない。同市が緊急対策に費やした経費は1500万ドルを超えたことが報告されており、トヨタ・マツダの新工場プロジェクトを筆頭に現在新設されている施設のスケジュールにも遅れが生じている。市の経済成長はスローダウンしつつあるが、長期戦を見込んで進出に挑んで来た企業にとってはハンツビルは再出発地点となる重要な場所となる。このハンツビルを中心に米国経済にどのようなインパクトを与えていくのか今後も注視していきたい。

アラバマ州4大都市人口推移(2015~2019)

資料:U.S. Census Bureau QuickFacts
《UJP編集部》