Home > Featured > バイデン新政権、間もなく始動 〜在米日本企業への影響は〜

 2021年1月20日正午、ジョー・バイデン政権が発足する。バイデン氏(78歳)は歴代大統領の中で最高齢、そしてワシントン歴が最も長い大統領として就任式を迎える。上院議員36年、副大統領8年の計44年間を首都で過ごしたバイデン氏は「ワシントンの生き物」とも称される。大統領の側近中の側近もワシントン歴が長い米国政治のベテランを揃えている。

 その豊富な経験に基づき、バイデン次期政権は発足当初からトップスピードで混乱を極める米国の正常化に乗り出す。だが、トランプ政権から引き継ぐ国内外の問題は過去の大統領が経験したことがないほど深刻だ。1世紀ぶりのパンデミック、経済危機、人種問題を巡る社会不安、そして南北戦争(1861〜65年)以来とも指摘される社会の二極化など山積みだ。トランプ政権からの軌道修正により、在米日本企業も恩恵を享受できる反面、各種社会問題の行方は不透明感が漂う。

オバマ2.0在米企業にポジティな影響

 バイデン次期政権の幹部はオバマ政権経験者が多いことからも、「オバマ2.0」あるいは「オバマ政権3期目」とも揶揄されている。次期政権は(1)政策立案プロセスの復活、(2)同盟国などとの連携強化、そして(3)エスタブリッシュメントの復活といった3点で在米日本企業にポジティブな影響が期待できる。

(1)政策立案プロセスの復活

 トランプ政権前までは官僚の作成した提言がボトムアップで上がり、政策が策定されるのが伝統的なプロセスであった。だが、トランプ政権下、大統領のツイッターで高官を含む米国政府職員が新たな政策や方針を初めて知り、その後、具体策を策定するといったことは頻繁にあった。したがって、担当レベルでは政策の方向性に関わる情報は極めて限られていた。

 また従来の米政権で活用されていた省庁間の連携を図る「政策調整委員会(Policy Coordination Committee(PCC))」などといったプロセスが、トランプ政権下では基本的に機能していなかったと言われている。バイデン次期政権下でPCCは復活し、省庁間での連携が強化される見通しだ。またバイデン次期大統領だけでなく側近も議会スタッフ経験者が多数いることから議会との関係強化も期待ができる。したがって、企業は次期政権下、様々な省庁そして議会経由など多数のチャネルから自社に有効な政策をロビー活動することが可能となるであろう。

2)同盟国などとの連携強化

 トランプ大統領の外交政策についてリチャード・ハース米外交問題評議会会長は「離脱ドクトリン」と称している。トランプ大統領は政権発足から3日後には環太平洋経済連携協定(TPP)離脱の大統領令に署名。その後もパリ協定、イラン核合意などから離脱し、米国が創設に主導的役割を担ってきた他の世界的枠組みや国際機関からも離脱をほのめかしてきた。だが、多国間連携を重視する閣僚候補で固めたバイデン次期大統領は「米国は戻ってきた(America is Back)」と訴え、同盟国との連携強化や国際的な枠組みに復帰する方針を示している。

 とはいえ、トランプ政権では同盟国との連携がなかったわけではない。日米欧の貿易担当相が集い中国の産業補助金など不公正貿易慣行を念頭に世界貿易機関(WTO)改革を推進するといった連携も見られた。トランプ政権の働きかけで、英国など一部の国では自国の第5世代移動通信システム(5G)ネットワークからファーウェイを排除するといった成果も見られた。だが、同盟国との連携では閣僚クラスの関与は限られ、スタッフレベルのものが多かったという。

 トランプ政権下では、これら連携の動きがトランプ大統領の言動によってひっくり返され、例えば政権全体として同盟国と共に対中政策を展開するといった姿勢を明確に見せることができていなかった。トランプ政権は同盟国との連携よりも、「米国第一主義」を掲げ米国単独で行動することが多くあった。同政権は安全保障面、経済面で中国が脅威と語り、一部の政策では同盟国との連携を探る一方、同盟国であっても容赦なく米国の安全保障確保を理由とした1962年通商拡大法232条(国防条項)に基づく鉄鋼・アルミ関税を発動するなど政策の一貫性に欠けていた。

 だが、バイデン次期政権下では政策の一貫性が重視され、同盟国との関係強化を図る一環でいずれ日本にも課しているこれら関税は見直される可能性が高い。232条関税によって被害を受けている日本企業は議会、米政府、あるいは日本政府などを通じて関税撤廃を要請する絶好の機会が訪れる。ただし、既存の関税を撤廃する条件として、バイデン次期政権は日本政府に何かしら対中政策などで協力を要求すると見られ、早期撤廃は容易ではないかもしれない。

(3)エスタブリッシュメント復活

 「ワシントンにはびこる既成政治を大掃除する(Drain the Swamp)」と訴え、反エスタブリッシュメントを主軸に2016年に当選したのがトランプ大統領であった。ワシントンの既成政治が徐々に破壊された過去4年間、米国の民主主義および政治体制の強度が試されることが頻繁にあった。直近では大統領が選挙結果を認めず不正を訴え、民主主義の根幹である選挙制度への信頼まで蝕まれた。

 米国の民主主義は、憲法や法律には明記されていないものの歴代政権で引き継がれてきた政府慣行によって守られてきた部分もある。バイデン次期政権ではこれら伝統の一部を復活させ、政治への信頼回復を図るであろう。

 例えば、バイデン政権移行チームはバイデン当確後に世界各国の首脳が祝意の電話をした際の会談の概要を公開するなど、政治の透明性確保に既に取り組んでいる。また、バイデン次期政権ではより事実に基づき政策が判断され、コロナ対策でも政治的配慮よりも科学に基づく政策決定が重視される見通しだ。近年、米国政治にはびこる陰謀説なども、政権は極力排除するであろう。諜報機関の信頼回復も期待できる。エスタブリッシュメント復活は政策の予見可能性を高めることとなり、在米企業活動にとっては朗報だろう。また就任式の演説で国民意識を変えたことで大恐慌からの復興をもたらしたとも言われるフランクリン・ルーズベルト(FDR)大統領のように、バイデン次期大統領も政権交代によって国民に安心感を与えることができるかもしれない。次期政権は経験をアピールし、パンデミック沈静化や景気改善などへの期待感の高まりで幅広い国民の協力も期待できる。国民のマスク着用やワクチン接種などの徹底が順調に進めば、経済も早期回復を実現するといった相乗効果もありうるであろう。

在米企業が晒されるリスク要素

 バイデン次期政権に対し、様々な期待がある一方、(1)時間を要するパンデミック終結、(2)米中摩擦、(3)二極化社会など、懸念材料も多々ある。

(1)時間を要するパンデミック終結

 米国はコロナ感染者数・死者数が今冬、過去最高値を記録。バイデン次期大統領が示唆したように米国は「暗黒の冬(Dark Winter)」にある。多くの難題が山積みとなっている今日、政権発足当初、最も注力するのがパンデミック対策だ。次期政権はマスク着用義務化、ワクチン接種、学校の安全な再開などを就任100日間で重点項目として取り組む方針だ。

 最高執行責任者(COO)として「ワープスピード作戦」を指揮するギュスターブ・ペルナ陸軍大将はワクチン配布開始日を第二次世界大戦の連合軍によるノルマンディー上陸作戦結決行日「D-Day」と比較し、ワクチン配布によってコロナ戦争の終わりが始まると語っている。

 だが、「D-Day」後に第二次世界大戦終結まで1年以上かかったのと同様に、12月半ばの「V-Day(ワクチン(Vaccine)配布開始日)」後も、国民に平穏な生活が戻るまでには時間を要する見通しだ。公衆衛生専門家は「ワクチンは人命を救わない。救うのは接種だ」と語るが、今春から今夏にかけ、ワクチンが迅速かつ公平に幅広い国民に行き渡ることが米国経済そして企業活動に重要となるであろう。なお、コロナ不況で苦しむ多くの国民に対し、バイデン次期政権が議会の協力を得て景気刺激策を打ち出すことができるかも政権発足当初からの喫緊の課題だ。

(2)米中摩擦

 バイデン次期政権は国内問題解決を優先することから、新たな貿易協定交渉については後回しと語っている。だが、米中関係については後回しにはできない問題が多々浮上することが想定される。中国および国内からは関税撤廃の圧力は強まるであろう。次期政権下でも両国の異なる政治経済体制からどうしても埋められない溝が残り、米中覇権争いは続くこと必至だ。仮に中国に弱腰を見せれば議会の共和党対中タカ派だけでなく民主党内からも批判が出るため、トランプ政権が課している追加関税をバイデン次期政権が一斉に早期撤廃することなどは政治的に困難だ。米議会からの後押しもあり、ハイテクや医療、データなど一部産業については輸出管理や対米外国投資委員会(CFIUS)などの強化を通じてデカップリングが進行するであろう。

 トランプ政権のTPP離脱は米国経済史上、最大の過ちと歴史に刻まれるかもしれない。米国はアジア太平洋地域でジレンマに陥っている。バイデン次期政権は内政の事情によって、「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)」など貿易協定への早期参加は難しい。2020年の選挙結果からも、2024年大統領選で民主党が政権を維持するには保護主義政策が重視されるラストベルト地CPTPP域で勝利することが不可欠だからだ。だが、中国が地域経済統合への関与を深める中、米国企業にとってビジネス環境は悪化しかねない。ベストシナリオは、との部分的な協定の締結で米国が域内統合に参画することで辛うじて中国参加を牽制することだ。とはいえ、CPTPPなどに関与するのはバイデン政権1期目後半、あるいは1期目ではないかもしれない。

(3)二極化社会

 大統領選を不正と訴え、負けを認めないトランプ大統領により、いつまでも国がまとまらないリスクが想定される。通常であれば、大統領選の敗者は敗北スピーチを行い、勝者を称え、新大統領を支援するよう国の団結を訴える。だが、トランプ大統領の言動により、国はますます分断しかねない。

 1月20日の政権交代後はトランプ大統領への注目度は大幅に低下するであろう。トランプ氏の発言は、大統領時代は政策となりうるためその重要性は高かった。だが、退任後はメディアが随時、大統領のツイッターを報道しないことが想定される。とはいえ、退陣後もトランプ大統領は米国政治への影響を行使し続けようとするであろう。同氏は政治的影響力を保持するためにも、実際には出馬する意思がなくとも2024年大統領選への再出馬を表明するメリットがある。退陣後も、トランプ氏を支持する一部の国民がバイデン氏は正当性に欠けると捉え、国がまとまらないことはバイデン次期大統領の政権運営に足かせとなりかねない。

 なお、バイデン次期大統領はトランプ氏だけでなく民主党の内戦にも配慮が必要だ。大統領選では民主党は穏健派も急進左派も反トランプで団結していたが、選挙翌日、その団結はすぐに崩れ亀裂が表面化した。民主党穏健派は2020年下院選で民主党が議席数を大幅に減らしたことについて、急進左派の過激な左派政策が敗因と訴える。一方、急進左派は自分たちこそ民主党の支持基盤となっていると反発。穏健派のバイデン次期大統領は政権運営で、急進左派に常に悩まされること必至だ。大統領権限で実行可能なエネルギー・環境規制など一部政策で急進左派に押され、左傾化するリスクは在米日本企業も注視する必要があろう。

 2020年大統領選では8千万人以上の国民はトランプ政権に終止符を打つ判断を下した。しかし、必ずしも民主党が喜べる内容ではなかった。連邦議会選、州知事選、州議会選では共和党が善戦し、民主党の左派政策を有権者が警戒していることも窺えた。民主党急進左派と共和党トランプ支持派など両党で勢いに乗るポピュリストの勢力を抑え、選挙後の社会の亀裂が残ったままの国を団結するのは容易ではない。過去にないほどの危機に見舞われる米国社会、間もなく始動するバイデン次期政権が経験を頼りに乗り越えることができるか、その巧みな舵取りに期待がかかる。

 

《執筆》 渡辺 亮司 Ryoji Watanabe

米州住友商事ワシントン事務所

調査部長

慶応義塾大学(総合政策学部)卒業。ハーバード大学ケネディ行政大学院(行政学修士)修了。同大学院卒業時にLucius N. Littauerフェロー賞受賞。松下電器産業(現パナソニック)、日本貿易振興機構(JETRO)、政治リスク調査会社ユーラシアグループを経て、2013年より米州住友商事会社。研究・専門分野は米国および中南米諸国の政治経済情勢、通商政策など。『東洋経済ONLINE』コラムニスト。著書に『米国通商政策リスクと対米投資・貿易』(共著、文眞堂)。

 

《企業概況ニュース》2021年 01月号掲載

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