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第4回 「中間層のための外交・貿易」がはらむリスク

【クロスロード : 世界と日本】
第4回 「中間層のための外交・貿易」がはらむリスク

 バイデン政権は、中間層のための外交・貿易政策を標榜している。これは、貿易政策を含む外交政策は、富裕層や企業の利益のためではなく、中間層のために遂行されるべきという考え方だ。2016年の大統領選挙では民主党クリントン候補は共和党トランプ候補に敗れた。当時クリントン候補のアドバイザーを務め、現在、安全保障担当の大統領補佐官を務めるジェイク・サリバン氏はインタビューで、当時を振り返り「我々は中間層の持つ懸念を外交の中心課題として認識していなかった。我々はこのことから学ぶことができる。」と答えている。

 実際、米国では格差が拡大し中間層は厳しい状況に置かれている。下位50%の2017年の所得を1980年と比較すると、欧州では37%上昇したのに対し、米国ではわずか3%の上昇にとどまる。逆に、米国の上位1%が得る所得は、1980年には全体の10%強であったが、2017年には20%を超えた。また、上位10%が保有する純資産の全体に対する比率は、OECD諸国平均の52%に対して、米国は79%に達する。(日本は41%)

 こうした中間層の苦境を前に、「自由貿易が間違いだった」との批判の声を聞く。この批判は正しいのだろうか。この批判は、まず、格差拡大に対する貿易の影響を過大評価している可能性がある。経済学者の多くは、格差拡大のより大きな要因は技術進歩で、貿易の影響は限定的(20%程度)と考える。

 また、貿易の結果、国内に勝者と敗者が生ずることは当初より想定されていたことだ。貿易のメリットを200年前に説いたデービッド・リカードは、比較劣位にある産業は敗者となり、比較優位のある産業に資本や労働が移動することを前提としていた。80年前には、低所得国との貿易により高所得国の低技能労働者の賃金が下がる可能性も指摘されていた(ストルパー・サミュエルソン定理)。すなわち、誰も「自由貿易の結果、自動的に全ての国民が利益を得る」と主張していた訳ではない。自由貿易の主張は、「国内で適切な補償(所得分配等)が行われることで、自由貿易により全ての国民が利益を受けることが可能」というものだ。つまり、現在の問題は自由貿易そのものではなく、国内措置が不十分なことにある。

 国内措置には、高所得者への課税強化、低所得者への減税や給付、教育支援の強化、医療保険の拡充といった様々な措置が考えられる。バイデン政権はこの点を理解しており、4月末に発表した「米国家族計画」においても、こうした措置の導入が検討されている。

 中国の不公正な貿易慣行に対しては、対抗措置が必要な場合もあろう。特定国への過剰な依存を避けたり重要技術を守るといった地経学的理由で、自由貿易への制約を考える場合もある。しかし、純粋に経済的な観点で貿易全般に関して、「中間層に直接の利益がなければ貿易や貿易協定を推進しない」という立場に立つことは、「貿易のメリット」により国全体を豊かにする機会を自ら狭めてしまう。「中間層のための貿易・外交」を唱えることは政治的には「賢い」が、それが真の問題から目をそらし、単なる「保護主義」とならないよう、注意が必要だ。

 

大矢 伸
一般財団法人 アジア・パシフィック・イニシアティブ
上席研究員

《企業概況ニュース》2021年 6月号掲載

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