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《Biocom Japan Consulting》

世界が注目するライフサイエンスクラスター
《Biocom Japan Consulting》

ディエゴに根付いた何度でも挑戦できる環境作り

 人類が生きる上で必要な食や医療、環境などの課題に対し、卓越した科学技術で解決策を探るライフサイエンス。ボストン、サンフランシスコに次いで3番目に大きなクラスターを築き、サンディエゴが世界の注目を集めている。その発展過程で重要な役割を担っているのがカリフォルニア州ライフサイエンス団体バイオコム・カリフォルニア(Biocom California)の存在。同団体で日本市場担当マネジング・ディレクターとして活躍する藤田二郎さんに、サンディエゴがライフサイエンス分野における注目エリアに成長してきた過程や、バイオコムの活動についてお話を聞いた。


サンディエゴ経済を支える新産業

 人口約138万人、GDP約260億ドルと、北米第8番目の規模を持つ都市「サンディエゴ」。空には戦闘機が舞い、海では軍艦の修復が行われるなど、古くから軍需産業と共に発展してきた都市だ。現在も約1万5,000社の軍需産業関連企業が軒を連ね、海軍、海兵隊、沿岸警備隊などを中心に、多くの人がこの産業に従事している。

 また、燦々と輝く太陽が気持ち良いサンディエゴでは観光産業も非常に盛んで、人気避暑地「ラホヤ」をはじめ多くの観光エリアが点在する。他にも不動産、貿易、クラフトビール産業など勢いのある産業が数多くあるが、この「軍需」と「観光」2つが、サンディエゴの経済を古くから支えてきた。しかし、米ソ冷戦のトーンダウンは少なからず軍需産業に影響を与え、これに変わる新しい時代の産業として〝ライフサイエンス〟に注目が集まった。

時代の歯車を回した2人の研究者

 きっかけは、軍から譲渡されたラホヤの土地に、1960年代にカリフォルニア州立大学サンディエゴ校(UCSD)が新設されたことだった。もともと、サンディエゴには軍や海洋関係の研究施設が多くあり、研究のDNAは根付いていたが、スクリプス研究所ソーク研究所サンフォード・バーハム研究所といった世界的に有名な研究所も続々と集まり、これが今のライフサイエンス産業の研究開発を支える重要な素地を作った。

 特筆すべきは、このライフサイエンスクラスターの始まりが、ある2人の研究者によってもたらされたということ。当時、UCSDでは、大学のさらなる発展に向けて、他大学からの著名研究者招聘に力を入れていた。そのリストに名を連ねたのが、イヴォー・ロイストンとハワード・バーンドルフという二人の研究者。どちらも非常に起業家マインドのある研究者で、スタンフォード大学でモノクローナル抗体の研究に勤しみ、前立腺がん診断薬キットを製造・販売するベンチャー企業の立ち上げに奔走していた。70年代後半には、まだ今のような大きな規模のVC(ベンチャーキャピタル)がサンディエゴには存在せず、サンフランシスコのクライナー・パーキンズ(Kleiner Perkins)というVCから30万ドルの投資を受けて、「ハイブリテック(Hybritech)」を立ち上げることになる。それが想像を超えた大ヒットを生み、80年代には大手製薬会社イーライリリーに4億5,000万ドルで売却し、2人は一躍注目を浴びることになる。これが、現在のサンディエゴのライフサイエンスクラスターが生まれる、最初の1ページとなった。

 これを機に2人はイーライリリー傘下に入ることになるが、起業家精神旺盛な2人にとってそこは窮屈で、さらなる研究のために独立を果たす。2人の頭にあったのは〝サンディエゴをライフサイエンスの発信源に育てる〟という強い気持ち。その後も、数社のベンチャーを立ち上げては大ヒットさせ、今度は自らVC「フォワードベンチャー」を立ち上げて、産業の発展を促した。この頃から、〝サンディエゴでライフサイエンスビジネスを始めれば、一攫千金を狙えるかもしれない〟というゴールドマイン的発想が生まれ、世界中の大学から優秀な人材が集まり、やがてライフサイエンスクラスターが構築されていった。

 77歳となったロイストンとバーンドルフの2人は今でも世界のライフサイエンス産業界に大きな影響力を持ち続けているという。

〝3つのCOM〟が産業を加速

 順風満帆に見えるライフサイエンス産業界ではあったが、越えるべき課題もあった。ライフサイエンスへの認識不足から、コミュニティに受け入れられず、それが時として発展の足枷となった。そんな時、水不足の被害に見舞われたサンディエゴ市が、ライフサイエンス研究施設の集まるエリアの水源を管理して水の使用量を制限する案が浮上し、ライフサイエンス産業の起業家や関係者に強い危機感を持たせた。ライフサイエンスの研究には、非常に多くの水が必要となり、その水を管理・制限されるということは、ここまで伸びてきた産業の芽が摘まれることに繋がる。これを解決するために「ライフサイエンスがどんな産業で、人々の生活にどのように貢献しているのか」をサンディエゴ市長や政策関係者、一般市民にに知ってもらう必要があると考えた。そして両者間のパイプ役として1995年に誕生したのが、バイオコムの前身「バイオテクノロジー・インダストリー・カウンセル」だった。その後バイオコムと名を変え、世界のライフサイエンス産業を30年近くに渡り支え続けている。

 バイオコムのCOMには、「コミュニケーション」「コマース」「コミュニティ」という3つの意味が託されている。産業の発展にはコミュニケーションが重要であり、それを商業ベースのビジネスとして発展させ、コミュニティとともに成長させていく」というものだ。現在では、世界1,500社のメンバーが所属する世界最大の地方都市団体へと成長している。

日米ライフサイエンスのシナジー

 1995年の発足以来、バイオコムを率いてきたのがジョー・パネット会長だ。それ以前にもバイオ関連の仕事に携わり、各産業界との強いネットワークも持つ。現在も、南フランス、イギリス、オーストラリアなどとの連携強化に取り組むが、特に日本との関係強化には一番力を入れている。その中心的な役割を担うのが、2013年から参加した藤田二郎さんだ。

 それまで、IT関連のコンサルタントとして活躍し、同時にジェトロ(日本貿易振興機構)のアドバイザーも務めていた藤田さんだが、サンディエゴと姉妹都市関係にあり、ライフサイエンス産業発展に力を入れていた横浜市から相談を持ちかけられたことが大きな転機となる。ライフサイエンスクラスター構築を成功させたサンディエゴの方法論を、バイオコムから直接学びたいという強い願いを受け、バネット会長と林文子元横浜市長を結びつけたことを機に、藤田さんの役割は大きなものとなり、今では、日米のライフサイエンスクラスターを融合し、化学反応を起こさせたいと積極的に取り組んでいる。

 「今後、高齢化社会が益々進む日本では、ライフサイエンスの重要性が一気に深まっていくと思います。日本とカリフォルニアやアメリカ、そして様々な業種とライフサイエンス産業を結びつけることで、これからも大きなシナジーが生まれるでしょう。こうした時代を作り上げていくことをイメージしながら、熱い情熱を持って取り組んでいるところです」と藤田さんは笑顔を見せる。

エコシステムを形成する

 バイオコムのモデルは大きく3つに分けられる。1つは「メンバーシップの年会費」。メンバーになることで、ライフサイエンスに関わる様々な最新情報の提供やネットワーク構築サポートなどを受けることがきる。二つ目が「イベントのスポンサーシップ」で、セミナーやネットワーキングなど、年間200回近い有料イベントを開催し、ここの運営を担うことで収益を上げる。3つ目は、スタートアップ企業をサポートするCO-OPのようなパーチェシンググループを組織し、ライフサイエンスビジネスに必要となる商品の購入やサービスを、厳選された会員企業によって手頃な価格で提供してもらうというもの。「ライフサイエンス活動は、こうしたエコシステムの構築で活性化させていく必要があります。この役割を、我々バイオコムが担っています。メンバー内には弁護士、VCに所属される関係者も大勢いらっしゃいますので、こうした繋がりの一つ一つを大切にしながら、一つの大きなソサエティー作りを目指していきたいと考えています」。

 日本にも、神戸、大阪、横浜、川崎、東京などでライフサイエンスクラスターが育ちつつある。こうした動きに対し、これまでは日本企業に食指を示さなかった米系VCも、「良いものがあれば導入したい」という前向きな考えを持ち始めているという。「今後は、サンディエゴから日本へノウハウを伝えるといった一方通行ではなく、日本で発展させたエコシステムを逆輸入という形で持ち込み、日本の優れた技術をアメリカ市場で花開かせる双方向の流れを作っていきたいのです」と藤田さんは目を輝かせる。

ライフサイエンス x テクノロジー

 サンディエゴが「ライフサイエンス」を軸に発展してきたことは間違いがない。しかし、ライフサイエンスをライフサイエンスとしてだけで捉える時代は終わった。今は、ここにテクノロジーを掛け合わせ、他の産業との融合で加速度的に進化させる時代なのだと藤田さんは言う。

 例えば、精密医療やデジタル医療は今、業界内で最も注目されているキーワードの一つだ。これまでの研究で確実なのは、一人ひとり患う病気が異なるように、一つの薬で全ての患者を治療することはできないということ。今後はAI(人工知能)などを駆使して個々の治療に対応していかなければならない。特に、がんのような治療が困難な病気を撲滅するには、ライフサイエンスの知識に加えて、大規模コンピュータやAIなどの最新テクノロジーをフル活用する必要がある。このがん領域に加えて、まだまだ謎の多い脳や精神関連のメンタル領域にも今後は対応していく流れが、すでに動き始めている。

 サンディエゴに本社を持つ、通信および半導体設計開発大手クアルコムでも、独自のVCを設立してライフサイエンス領域への投資を積極的に進めている。「サンディエゴには〝ベンチャーを育てる〟ことが一つの大きなカルチャーとして根付いています。この姿勢も、サンディエゴの成長を加速させる大きな要素であることは間違いありません」。

食糧や燃料問題の解決にも

 「ライフサイエンス X テクノロジー」は、決して病気を治す医療分野に限られない。例えば、細胞を使い食料や燃料の問題をなくすといった、新しい志を持ったベンチャーも生まれつつある。サンディエゴにあるブルーナルという会社では、細胞を使った本マグロやハマチの培養の研究を進めている。食肉の分野ではビヨンドミートなどが有名だが、これを魚介類において進めているのだという。「ライフサイエンスが注目されているのは、それが〝人間の生活の全て〟に関わってくることだからなのですアグリテック(農業)、フードテック(食品)、メドテック(医療)など様々な領域で革新的な開発が進められており、コロラド州やテキサス州、オレゴン州といったエリアでもライフサイエンスクラスターが生まれ始めています。

 もう一つ重要なのが、ビッグデータを超高速で解析、またAIを活用できることになったことで、これまでライフサイエンスの研究には不可欠であった動物実験を無くすことができるということ。すでに、動物実験なしで創薬に貢献する企業も生まれています」。

気軽に話せる、メンタリングの場

 サンディエゴはアメリカの最南西端に位置し、隣はメキシコ、周りは海と砂漠地帯に囲まれている。この地理的な部分だけを見ても、情報発信やコミュニケーションにおいて困難が伴うことが想像できる。また、空港も小規模なため、各地への直行便も少なく、出張にも手間がかかる。しかし、こうした地方都市だからこそ、成長のスピードが早まったのかもしれないと藤田さんは考えている。こうした土地柄であったからこそ支配階級のエスタブリッシュメント層もあまり進出せず、そのために、何をするにも障壁はなく、自分達で考え、繋がり、形作ってきたという歴史がある。そのため、今でもネットワーキングを非常に大切にする土壌で、街中では、競合ベンチャー企業の社員やVCのスタッフが共にコーヒーを飲みながら会話をし、一緒にお酒を飲みにいくなどの光景があちこちで見られる。こうした特性を活かしたメンタリングを行う団体「コネクト」というものも存在する。

 「会社を潰すことなく成長してきたベンチャー企業や、一度失敗しても再度立ち上がった企業のOBたちからの話を聞ける場です。ベンチャー企業として挑戦の道を歩もうと決めた人たちに自分達の経験をシェアし、そしてメンタリングする。事業経営とライフサイエンスを成功させることは別のことですので、そこで得られる情報は非常に価値のあるものなのです。大手企業の経営者では決して伝えられない、ある程度の成功を収めた中堅企業だからこその〝経験〟があるのです。これが、ライフサイエンス企業の成功には重要であり、日本が見習うべきポイントの一つだと私は思っています。ベンチャーという場所でチャレンジしたいと思わせると同時に、そこでも強い想いさえあればやっていけるのだと示す、良いモデルに触れる。こういう場が良いカルチャーを育てていくのではないでしょうか」。

失敗は、次の挑戦の糧となる

 「アメリカは、事業に失敗した人が再挑戦することに非常に寛大な国です。諦めずに再挑戦を決めた人に対しては、皆が拍手をしながら〝よく戻ってきたな〟と歓迎する懐の深さがあります。もちろん最初から成功できるに越したことはありませんが、ビジネスの世界は、それほどシンプルにはなっていません。特に、ライフサイエンス分野に関しては、研究する資金が足りなくなった時点で終了ですので、資金集めと研究の歩調を合わせながら会社の経営をしていかなければならない。こういった点でも、ベンチャーという括りの中でも非常にシビアな分野だと思います。だからこそ、成功すればリターンは莫大で、チャレンジを続けてきた経営者には賞賛の言葉が与えられる。メディアで見る華やかな成功の陰には、膨大な数の失敗例があるのです。

 日本では、一度の失敗がその後のキャリアに大きな悪影響を与える傾向がありますが、失敗したらそこで全て終わり、というカルチャーを無くし、諦めない限り、再スタートを切れる環境をそのエリア全体で整えていくことが、成功を収めるクラスター構築には欠かせないのです」。

 

Biocom Japan Consulting
マネジング・ディレクター
藤田 二郎 さん
https://www.biocom.org/japan-consulting/

 

 

 

《企業概況ニュース》2022年 5月号掲載

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