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米国の民主主義の衰退?バイデンは「分断」を癒せるか

【クロスロード:世界と日本】第1回
米国の民主主義の衰退?バイデンは「分断」を癒せるか

 11月3日に行われた米国大統領選は、(執筆時点でトランプの敗北宣言は行われていないものの)バイデンの勝利に終わった。事前の世論調査機関の分析では、大統領選に加え、上院、下院でも民主党が勝利するというトリプル・ブルーの予想が多かったが、現実は異なった。民主主義を軽視してきたトランプの意外な強さに直面し、米国の民主主義の弱体化を嘆く声も聞かれる。米国の民主主義は衰退の過程にあるのだろうか?

 今回の選挙は、一面では米国の民主主義の強靭性を示した。米国大統領選挙の投票率は、1970年代以降はほぼ50%から60%のレンジに納まっていた。2016年は70年代以降で最高の59.2%であったが、今回の2020年はそれを7ポイント近く上回る66.4%で、120年ぶりの高い投票率であった。これは、郵便投票の拡大なども影響しているが、より多くの人々が、民主主義を信じ、自らの声を投票に託したということであろう。ちなみに日本の衆議院選挙では1990年まではほぼ70%を超えていたが、それ以降は70%未満。直近は2012年59.2%、2014年52.6%、2017年53.68%で、これは戦後ワースト3である。

 選挙後、トランプ陣営は選挙の不正を訴えたが、裁判所は証拠不十分で訴えを認めなかった。選挙前にも裁判所はトランプ政権の政策を法律に基づきしばしば差し止めた。議会による行政への牽制・監視に加え、独立した司法が憲法や法律に違背する行政をチェックし、任期が来れば人々が投票を通じて行政に審判を下す。独裁的傾向をもつトランプ大統領の4年間に耐えた米国の民主主義の制度と人々の行動は、逆説的だが米国の民主主義の強さを示している。

 しかし、同時に、トランプが7400万票を得た事実も直視する必要がある。2024年トランプ大統領が実現するかは不明だが、今後もトランプ主義、その基礎をなすポピュリズムは米国政治・社会の中で継続するだろう。ポピュリズムの温床には米国の大きな格差がある。格差という分断を克服するためには、バイデンの公約にもあった、高所得者の所得税率を上げ所得再分配を強化することが不可欠だ。しかし、1月5日のジョージア州の決選投票次第だが上院は共和党が多数を占める公算が高い。党派性が高まってしまった米国政治の中で、共和党が反対する高所得者への増税を上院で通すのは極めて困難。「格差」という「分断」を克服するためには、民主党と共和党の「党派性」という「分断」をまず克服する必要がある。バイデンは11月7日の勝利宣言で、「自分に投票しなかった人々のためにも懸命に働く」と述べ、民主党と共和党の分断に関し「全ては決断だ。我々は協力することができる」と呼び掛けた。

 当たらなかった世論調査の予測が批判されるが、世界には、絶対に予想通りになる「怖い」選挙がある。米国の民主主義の制度は強固であり自信を持つべきだ。しかし、格差の放置はポピュリズムを増殖させ、民主主義を信じない人物が繰り返し大統領となれば、強固な制度も徐々に弱まる。民主主義を含む価値観の重視を訴えるバイデン新大統領が、党派の分断を乗り越えて、格差という分断拡大の傾向を逆転できるか。米国の民主主義が衰退していくか否かは、今後のバイデン新大統領、議会そして米国民にかかっている。

アジア・パシフィック・イニシアティブ
一般財団法人 上席研究員 大矢 伸

《企業概況ニュース》2020年 12月号掲載