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《米州住友商事ワシントン事務所 渡辺 亮司》

新議会始動、在米企業に吹く逆風と順風
《米州住友商事ワシントン事務所 渡辺 亮司》

 2023年1月3日、第118議会が始動。2022年11月の中間選挙の結果、上院は民主党が堅持したものの、共和党が下院を奪還し、次期議会は「ねじれ議会」となる。事前予想されていた「レッド・ウェーブ(共和党の圧勝)」は押し寄せなかった。だが、共和党の下院奪還は、僅差であれ大差であれ勝利は勝利だ。議会の勢力図を一変させ、次期議会はバイデン政権を振り回すこととなる。

 

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 民主党はバイデン政権発足以降、2年間ほどホワイトハウスに加え、上下両院の多数派を握る「トライフェクタ(三冠)」の下、民主党重視の政策を多数成立させてきた。超党派インフラ投資法、インフレ削減法(IRA)、半導体・科学法をはじめ米産業界に多大なる影響が及ぶ産業政策を実現した。だが、今年以降、少なくとも2年間、議会はこう着状態に陥り、このような大規模な投資を含む政策の合意は困難を増すこととなる。

 次期下院議長就任が最有力視されているケビン・マッカーシー院内総務は2022年9月に「米国との約束」と題する政策綱領を発表した。この中にはインフレ対策から移民政策まで様々な政策アジェンダが含まれている。だが、政策法案については上院の民主党が阻止し廃案となることが事前に分かっている、いわゆる「DOA(dead on arrival(到着時死))」の運命にある。大半の法案は2025年以降、仮に政権を獲得した際に実行する政策を示すといった「メッセージ法案」として、国民へのアピールを目的に共和党は提出することになる。

 

在米企業に吹く逆風

(1)経済:議会混乱

 今後2年間、在米企業にとっての最大リスクは、米議会での党派間の対立によって、政府閉鎖やデフォルトといった経済に悪影響が及ぶ政治混乱だ。

 第118議会では下院共和党の保守派で構成する「フリーダムコーカス(自由議員連盟)」が一大勢力となる。下院は共和党が僅差で多数派を獲得したからこそ、党内保守派が団結して共和党指導部を振り回すこと必至だ。共和党保守派が最も影響力を発揮できるのが、政府予算手当や債務上限引き上げに関わる交渉の際だ。財政規律を重視する共和党保守派は、移民政策など共和党支持基盤の重視する政策で民主党が譲歩しない限り、民主党が望む財政支出拡大に合意しないことなど想定される。したがって、一部下院共和党保守派議員が政治的思惑を優先することによって、政府閉鎖やデフォルト・リスクが高まり、米国経済全体が犠牲となる可能性がある。

(2)産業政策:企業監視強化

 下院共和党は、各種政策で政府支援を受けている企業の事業失敗なども追及するであろう。共和党は「第二のソリンドラ社」を探しているという。ソリンドラ社とは、2009年にオバマ政権が発足直後に施行した米国再生・再投資法を通じ米エネルギー省より5億ドル以上の融資保証の支援を受けた太陽光パネル製造会社だ。2011年に倒産したソリンドラ社への政府支援について、スティーブン・チュー・エネルギー長官(当時)は約5時間にも及ぶ公聴会で追及された。下院エネルギー・商業委員会の次期委員長就任が見込まれているキャシー・マクモリス・ロジャース下院議員はインフレ削減法(IRA)のエネルギー省による新たな支援について「性懲りもなくソリンドラ社以上の失敗を招くだけ」と称している。議会からの追及を想定し、在米企業の一部はすでに法律事務所などと契約し、議会対策の準備を開始しているという。

(3)地政学的リスク:対中規制強化

 ウクライナ紛争と同時に現在は米中のハイテク戦争が熾烈を極めている。米国の国家防衛戦略(NSS)ではロシアを急性の脅威と称する一方、中長期的な脅威としては中国を注視している。同戦略では中国について、国際秩序を再構築する意図に加え、それを実現する経済、外交、軍事、技術力をより保有するようになっている唯一の国として位置付けている。

 バイデン政権は「協力と競争」を掲げ、気候変動やパンデミックなどグローバル問題などでは中国と協力姿勢を見せているが、経済や技術などでは中国と米国は競争する構えだ。

 共和党は下院では中国特別委員会を設置し、2024年大統領選に向け、バイデン政権は弱腰と批判するであろう。議会や政権による対中強硬策導入が見込まれている。今年以降、米中間の緊張が再び高まる可能性もある。例えば、前述のマッカーシー次期下院議長の台湾訪問の可能性などが注目されている。輸出規制の強化や新たに対中投資審査なども施行される可能性がある。引き続き、米中覇権争いはサプライチェーンの再編などをもたらす見通しだ。

 

在米企業に吹く順風

 在米企業には、不安定な政治に伴う経済的悪影響や地政学リスクなど逆風が吹いている一方、様々な順風も吹いている。

(1)経済:インフレ抑制

 ねじれ議会では下院を通過した法案の大半が上院ではDOAとなる一方、経済にとってはプラス面もある。左寄りあるいは右寄りの過激な政策が否決されることで経済に悪影響が及ぶことを回避できる。また、財政規律を重視する共和党が下院を奪還したことで、議会では新たな歳出拡大の法案は通りにくくなるであろう。引き続き、米連銀(FRB)が政策金利を引き上げることで、年初には景気後退期(リセッション)入りが想定されているが、今年以降、中長期的にはインフレが抑えられる方向に進むと見られている。その結果、過度なドル高は抑制される公算が大きい。

(2)産業政策:政府支援の恩恵享受

 IRAの予算の大半はすでに確保されていること、そして仮に共和党がIRAを改定しようと思っても上院で可決できない可能性が高い。さらには共和党の強い州や選挙区でもIRAの支援事業が多数あることからも、共和党内でもIRAの撤廃や縮小には反発が予想される。

 IRA施行が進む中、米国の気候変動対策の見通しがより明確となってきている点、今や市場が逆戻りすることは想定されず、各社は脱炭素を取り入れた戦略を策定しやすくなっている。

(3)地政学的リスク:米国・同盟国の優遇策

 引き続き、米国政治の激戦州はラストベルト地域に集結しており、白人労働者階級など保護主義的な有権者が浮動票として重視されていることで、両党が国産など保護主義政策を推進している。また、地政学的リスクの高まりにより、国内に生産を回帰させる「リショアリング」や同盟国・友好国に生産を移管する「フレンドショアリング」を後押しする政策が動き始めている。バイ・アメリカン政策に対する批判はあるが、米国内で投資する企業、そして日本企業にとっては新たな商機となる可能性がある。

 2023年、議会混乱に加え、大統領候補の出馬表明などで米政治では目の前の事柄にとらわれかねない。だが、今日、今後数十年の社会を方向付ける転換点を迎えている。熾烈化する米中覇権争いではハイテク技術分野を中心に米政府は自国産業への支援拡大とともにデカップリングを進める。一方、米国史上最大規模の気候変動対策となるIRA施行や各種規制などを通じ、米国社会は脱炭素に向けて加速する。つまり対中政策と気候変動対策において、産業政策が本格化する。在米日本企業は時代の潮流を把握した上で、経済安全保障などのリスク回避の対策が必要だ。だが、同時に産業政策や同盟国の企業としての恩恵を享受するなど、ビジネスチャンスも広がっている。

(※この記事は、2022年12月19日時点での寄稿分となります)

 

《執筆者》
米州住友商事 ワシントン事務所
調査部長 渡辺 亮司

慶応義塾大学(総合政策学部)卒業。ハーバード大学ケネディ行政大学院(行政学修士)修了。同大学院卒業時にLucius N. Littauerフェロー賞受賞。松下電器産業(現パナソニック)、日本貿易振興機構(JETRO)、政治リスク調査会社ユーラシアグループを経て、2013年より米州住友商事会社。研究・専門分野は米国および中南米諸国の政治経済情勢、通商政策など。『東洋経済ONLINE』コラムニスト。著書に『米国通商政策リスクと対米投資・貿易』(共著、文眞堂)。

《企業概況ニュース》2023年1月1日新年特別記念号掲載

 

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