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米国大統領選挙と米中覇権争い

【企業の論理、力の論理 グローバリゼーションのルール】
米国大統領選挙と米中覇権争い

 『米中冷戦はすでに始まっており、それは残りの国々に、どちらを選ぶかの選択を強い始めている』オンラインジャーナルBusiness Insiderの特集で、多くの専門家がそう断じている。これはどれほど深刻で、どこまで、かつての米ソ冷戦のような、明確な世界の分断になるのか。その行方は日本の将来に大きく影響する。

 結論から言うと、筆者は、大統領選を過ぎると、トランプ、バイデンどちらが勝とうと、米国の対中政策は、それほど過激なものにはならず、少なくとも2021年後半からは、穏健化していくと考えている。この結論は、筆者が今年2月3月に行ってきた、米国の対中政策の特質に関する20人以上の米国の政策立案に近いシンクタンクのフェロー、学者へのインタビューと、独自のリサーチに基づいている。以下では、筆者がそう結論するに至ったこれまでの調査をまとめて、上記の結論に導きたい。

 まず、米国政策立案コミュニテーには、大まかに言って5つのグループが存在する。

a. イデオロギー的反中派。彼らは自由民主主義を重視するために、中国の権威主義的体制に相入れず、対中強硬。このグループに含まれるのは、キューバ難民の政治家、例えばクルズ、ルビオ、メルナンデス上院議員ら。彼らがキューバの共産主義ゆえに祖国を追われた人々の子息なので、反共。そして敬虔なクリスチャン、ポンペオ国務長官、ペンス副大統領など。彼らは共産主義が反宗教であり、中国は教会を次々と破壊し、キリスト教徒を迫害したりするので、反中。また国家安全保障カウンシルで対中政策を執り行うポッチンジャーは、ジャーナリストとして中国に滞在中に、かなり迫害を受け、自由民主主義の重要性を自覚し、軍隊に入った経験を持つ、対中強硬派。

b. 保護主義者。彼らは、米国の産業を保護すべく、中国の産業政策を不公正として強く反対。彼らは、中国が民主主義化しようとも、米国の産業保護のために、中国とは対立するだろう。彼らがイデオロギー的と言えるのは、彼らの対中政策は米国の産業に必ずしも寄与していなくても、中国の政策変更のために、そうした政策を押し通しているからだ。例えば、中国からの輸入に課する高関税は、米国の生産者には有利だが、米国のバイヤーおよび消費者を圧迫している。

c. 戦略的反中派。彼らは、米国の世界における戦略的優位を維持しようとし、中国の軍事的政治的影響力の拡大に反抗。彼らの多くは軍関係者か軍経験者のシンクタンクフェロー。軍関係の大学は、こうした態度を教え込んでいるように見える。このグループが反中なのは、中国の政治体制ゆえではないので、たとえ中国が民主主義化しても、米国の軍事的優位を維持できるような対中政策をとるだろう。

d. リベラル現実主義者。彼らは、中国の反民主主義的な政策に反対するが、中国とは相容れない、と考えることにも反対。中国の悪い政策には反対しつつ、あくまで中国をエンゲージしつつ、米国の国益にかなう政策を追求。このグループに多いのは、元外交官、多くのシンクタンクフェロー。

e. ビジネス親中派。中国市場は稼ぎ頭として、中国との親密な関係を望む。金融、カジノ関係者。トランプ大統領もこの内に入る。

 この5つのグループの力関係が米中関係を決めている。去年までは、主に保護主義者が対中関係を主導していた。それは、トランプにとって最重要事である再選のために必要な、激戦区での票獲得に、このグループが最も利用価値があるからだ。これらの票は製造業に関連しており、対中輸入制限は、これらの州の有権者に好ましく影響するからだ。

 同時に打算的親中派もかなり力があった。というのは、トランプの再選にはお金がいるが、まさにこのグループが、トランプの資金調達に重要だからだ。例えば、ラスベガスとマカオで最大のカジノの経営者エイデルソンは、トランプの最大の献金者の一人で、彼は昨年、対中強硬策は、トランプの再選に悪影響を及ぼす、とトランプに助言している。金融の大物シュワルツマンは、トランプ政権の経済関係諮問委員会に参加したが、彼は、有名なプログラムを北京の清華大学と提携して運営している。

 つまり、今年までは、この二つの反中と親中の二つのグループが拮抗していた。その上、トランプ自身は親習近平だ。今年2月まで彼は習近平のコロナ対応を持ち上げていた。

 ところがここで、米国にコロナ危機が起こる。問題は、それへの対応の失敗で、トランプが批判されて、彼の指導力に対する疑問が拡大していったことだ。これは再選に向けて大きな障害になる。ここでトランプ選対の戦略は、中国を攻撃することで、トランプ失政をごまかす、ということだった。この反中がこうした意図に基づいていることは、すでに報道されている。そこで、中国は単なる不公正貿易相手なだけでなく、両立できない反民主主義であることを強調するに至る。そこで動員されているのが、イデオロギー的反中派なのだ。最近、ポンペオやポティンジャーが非常に声高に中国の反民主主義を訴えている斧は、まさにこの戦略のせいだ。

 つまり、新冷戦は、トランプ陣営のために作り出された枠組みである。にも関わらず、バイデンも反中強硬派になりつつある。それは、トランプ陣営の中国に関する訴えが、米国の反中世論を高めているせいだ。今60%以上のアメリカ人が中国を否定的に見ている。そこでこの大統領選挙は、反中は、どちらの陣営にとっても重要なポイントになる。

 では、選挙後、この反中強硬姿勢はどうなるか。これは、選挙後に、各陣営が、どのグループを重用するかによる。まずトランプ。彼が再選されると、彼はもう再選に向けた政策をとる必要から解放される。では彼は何をするか?もうイデオロギー的反中派はもちろん、保護主義者も不要だ。ボルトンの回顧録が示唆するように、トランプは私益しか考えていない。最も起こりそうなことは、彼は自分が属するところのビジネス親中派に軸足を置くことだ。中国に強硬であることは、自己のビジネス利益のためにならない。対中強硬姿勢は弱まると思われる。

 一方、バイデンが次期大統領になるとどのグループを重用するか。彼自身は、オバマ大統領がそうであったように、リベラル現実主義者だ。このグループはトランプ政権では干されていたので、バイデンが大統領になると、おそらく多くのポジションを占める。そこで、このグループが政策立案の中心になっていくと思われる。となると、米中新冷戦、という枠組みは、徐々に弱まっていくのではないか、と思う。つまり、どちらが勝つにせよ、米国の対中強硬姿勢は、選挙戦術であって、両者にとって本質的な対中姿勢ではないために、徐々に弱まっていくと思われる。

 では、選挙後、それぞれの政権の対日政策はどうなるか。トランプにとって、日本はそれほど重要ではなく、雇用と移民が彼の中核問題だ。それ以外は、おそらく大して関心を示さない。日本に対する責任分担の要求も、彼にとっての本質的な政策ではない。ただ、以前の政権も、在日米軍支援費用の増額を求めていた。トランプがそれぞれの部署に政策立案の自由を与えると、分担増額要求は継続する。が、大統領自らがハッパをかけるようなものではなくなると思う。

 バイデンが勝てば、日米関係はもっとスムーズになる。というのは、彼は同盟国、協力重視の対外政策をとると明言しているからだ。首脳個人間のべったり関係に依存しなくてよくなろう。ただ、同盟重視は、責任分担要求の終わりではない。彼も自分の政権が窮地に陥ると、敵を定めて、それへの対応として日本に経費支出増額を求めることは十分にありうる。貿易関係にしても、もっと同盟国、他国の意見を聞く、という多国間主義に移行することは間違いない。ただそれは、米国の力の低減を意味してもいることは覚えておいたほうがいい。

 筆者の分析によると、誰が米国の大統領になろうとも、日本への影響はそれほど変わらない。日本にとってもっと重要なのは、自国の立て直しだ。もちろん言うは易し、行うは難しで、随分前からそんなことは言われている。ただ、コロナ危機の後、米中ともに世界のリーダーとして十分な資格を持たないとなると、日本の政治、経済のかじ取りは、その方向性が不透明という意味で、一層難しくなる。ということは、個々人が、しっかりとした政治家を選ぶことが、一層重要になっている。

 

佐々木文子
Distance Education for Africa www.deafrica.org
ProActiveNY www.proactiveny.org

《企業概況ニュース》2020年 創立記念号掲載