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第5回 米国の「ビジネス勧告」と中国の「反外国制裁法」

【クロスロード : 世界と日本】
第5回 米国の「ビジネス勧告」と中国の「反外国制裁法」

 7月中旬、米国は中国に関して「新疆(しんきょう)サプライチェーン・ビジネス勧告」と「香港ビジネス勧告」という二つの勧告を出した。「新疆勧告」では、新疆ウイグル自治区で強制労働が広く行われていることを指摘、「新疆に関係するサプライチェーン、共同事業、投資から撤退しない企業や個人は、米国の法律に違反する高いリスクを負う」と警鐘を鳴らす。「香港勧告」は、新疆勧告よりもソフトだが、中国が昨年導入した香港国家安全維持法などによりリスクが高まっているとし、「香港での業務に伴う、潜在的なレピュテーション・規制・財務・法律上のリスク」を認識しておくべきと注意喚起する。

 新疆、香港を「核心的利益」と位置付ける中国はこれに反発。「強制労働」は存在しない、中国包囲網を作るための口実だ、香港での新規株式公開(IPO)は増えており香港リスクは高まっていない、など反論。さらに、中国は「反外国制裁法」を持っており、対中制裁はそれに見合う反撃を受けるだろう、と威嚇する。

 中国の「反外国制裁法」は今年6月に全人代常務委員会で可決・公布された法律だ。中国は同法の意義を「近年、一部の西側諸国が新疆、チベット、香港等に関して中国に制裁を課しているが、『反外国制裁法』はそれに対抗するもの」と解説する。他方、米国の「香港勧告」は、中国の「反外国制裁法」が企業の板挟みを産み事業リスクを高める点を認めつつ、「米国の制裁を遵守しなければ、米国法に基づき民事・刑事上のペナルティが発生する」と警告し、米国が制裁の運用を緩めるつもりはないことを明確にする。

 米国の制裁に対抗するために法律を作った国は中国が初めてではない。EUは過去、米国のキューバ、イラン、リビアなどへの制裁に対して、対抗規制(Blocking Statutes)を制定、EU企業が米国の制裁に従うことを禁じた。しかし、多くの場合に対抗規制の効果は薄かった。これは、EU(およびそのメンバー国)が規制の執行を徹底しなかったことや、企業にとって米国市場の魅力が大きかったことなどが理由と言われている。

 今回、中国は、自らが米国の制裁対象でもあり、「核心的利益」を守るため対抗規制(反外国制裁法)をしっかり運用する可能性はある。また、中国市場が重要という企業も多いだろう。従って、過去のEUのように中国の対抗が失敗すると断じることはできない。しかし、中国にとっても米国を含めた西側とのデカップリングは望んでおらず、反外国制裁法の広範な活用がデカップリングを促進することは避けたいというジレンマを抱える。従って、中国は、反撃をすると威嚇しつつも、実際の運用は自国への悪影響も考慮しながら慎重に判断していく可能性はある。

 日本にとって中国は経済的利益の点で重要だ。同時に、人権や法の支配といった基本的価値の尊重を主張してきた日本は、新疆ウイグルや香港の問題から目を背ける訳にはいかない。作家レイモンド・チャンドラーをもじれば、「利益(強さ)がなければ生きていけないが、価値(優しさ)がなければ生きていく資格はない。」ということになる。簡単ではないが大切なことであろう。

(2021年7月21日、記)

大矢 伸
一般財団法人 アジア・パシフィック・イニシアティブ
上席研究員

《企業概況ニュース》2021年 8月号掲載

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