Home > Featured > ホスピタリティ産業の経営者たちが、今後考えるべきこと

新型コロナウィルス(COVID-19)の影響を最も大きく受けている業種はホスピタリティー産業です。今日はその中でもニューヨークシティーの外食事業を中心にお話しをしたいと思います。ニューヨーク市の市長室によるレポートThe City of New York Executive Budget Fiscal Year 2021 によると2020年3月の外食事業による収入は2019の同時期と比べると90%減少しているとの事です。本文を書いている7月3日現在、ニューヨークシティでは未だに店内での事業運営は禁止されています。ニューヨークシティーの外食事業へのCOVID-19の影響は、チャイナタウンを中心に2019年12月には被害が発生していました。COVID-19の起源が中国だとメディアで報道された事によって観光客そして現地人もチャイナタウンを避ける様になった為、地域によっては既に7ヶ月以上も通常通りの事業運営が困難となっている所もあります。この状況下で、今後どのように外食事業を運営していくかというのが経営者にとっては一番の課題ではないかと思います。

店舗を構え運営をしている多くの経営者の方は、滞納されたニューヨークシティーの高額な家賃、従業員への給与、ローンの返済、そしてリース器具の支払い等に頭を悩ませています。弊社でも融資を受け生き延びるか、閉店をした方が良いのかという質問を度々受けます。

Small Business Administration(SBA)より提供されているPaycheck Protection Program (PPP) や Economic Injury Disaster Loan(EIDL) Loan等の支援を受ける事もできます。しかし融資を受け運営を続行したとしても、無計画ではその支援も台無しになってしまう可能性があります。融資の使用計画そして融資終了後の事業計画をしっかりと前もって準備しておく必要があります。インターネット上ではPPPそしてEIDLに関する誤った情報がたくさんあります。SBAそしてUS Department of the Treasuryより公表された情報のみが正式な情報源です。他人から聞いた事を信じるのではなく、情報の正確性を自ら確かめる事が重要です。PPPそしてEIDLに関する公式ガイドラインは常時更新されていますので、常に最新のガイドラインをチェックする必要があります。現時時点ではPPPは今年8月8日までEIDLは今年12月30日までローン申請を受け付けています。

政府からの融資を受け生き残ったとしてもニューヨークシティーの高額な家賃を払えるまで景気が回復する保証はどこにもありません。店内での運営が再開したとしても、店内の収容人数を減らしソーシャルディスタンスを維持する規制はまだしばらく継続しそうです。5月26日にデブラジオ市長によって法制化された商業用リースの個人保証執行を期間限定禁止する法律の下、今まで全ての立場において不利であった商業テナントの立場が初めて大家と同等になりました。その為、大家との家賃や条件の交渉そして店舗よりの立退きが以前よりも簡易化しました。その影響を受けてかニューヨークシティーではテナントのいない借店舗物件が目立つようになり、新しいテナント獲得の為家賃を15%まで下げている物件も登場し始めました。上記の法律は9月下旬には有効期限が切れ、そして同時期には大家による強制退去の手続きも再開する予定の為、空き店舗の数も急増するのではないかと推測します。現在運営をしている店舗の家賃では事業を続行する事が難しいのであれば、家賃の支払いが可能な新たな物件に移り事業を再スタートする事も悪くはないと思います。また、店舗立退きの話を大家にする事で今まで交渉に断固として応じなかった大家も家賃交渉をしてくる事が多々あります。ただ個人保証執行禁止令はアメリカ合衆国憲法そしてニューヨーク州憲法に違反する恐れがある為、今後の訴訟等の動きに注目する必要がありそうです。その為弊社ではまず個人保証契約書またはリースに個人保証の解消法があるかどうかを最初に確認しています。

このパンデミック中に従業員の一時解雇や減給を行った企業も少なくはありません。

給与そして勤務内容の変化によりExemptであった従業員が法律上Non-Exemptになってしまうという事もあります。従業員の分類の間違いにより起こる訴訟はホスピタリティー業界ではとても多く、日系企業も最大の注意が必要です。役職名がマネージャーであり、ある程度の給与があるからExemptになるというのは誤った情報で、Exempt従業員になるには連邦労働法で定められたいくつかの条件を満たす必要があります。

経営者には従業員そして客の健康を守るという重要な義務があります。ニューヨークシティーそして米国内では労務関連の訴訟は日常茶飯事ですが、その訴訟のほとんどは事前に回避をする事が可能であったケースが多いです。COVID-19も事前に回避可能な訴訟の原因となる事が予測できます。The Secretary of Health and Human Services (HHS)、The Director of the Centers for Disease Control and Prevention (CDC)、The Occupational Safety and Health Administration (OSHA)、The Food and Drug Administration (FDA)、州、そして市等より発表されているガイドラインをよく理解し実行する事が重要になります。企業のパンデミック対応方針を明確にしたハンドブックまたは通知を作成し従業員へ配布する事をお勧めします。なお各従業員がガイドラインに沿って作業をしているか監督をする義務が経営者にはある為トレーニング等も必要になります。雛形のハンドブックを使用し内容も把握していない事が日系企業には多くありますが、このハンドブックの内容が原因で訴訟になる事も多くあるので注意が必要です。もしハンドブックをアップデートしていないのであれば、この機会にアップデートする事をお勧めします。

COVID-19と向き合うストレスに悩まされている従業員も多くいます。人手不足から生じる客とのトラブルやオーバーワークの疲労も精神的苦痛にも繋がる恐れがあります。事業運営には欠かせない大切な従業員のメンタルヘルスにも気を配る事が必要です。従業員と十分にコミュニケーションをとり、心配事や悩み事を上司に相談ができる環境を作る事が大切です。

ニューヨーク州では飲食店による店内での営業が禁止された後、州酒類管理局(SLA)による緊急対策として酒類の小売販売免許(リカーライセンス)を取得している飲食店(食事を提供していないバーは対象外)は食事のオーダーと一緒に酒類の販売も一時的ですが許可されました。しかし、この対策も飲食店にとっては注意が必要になります。他の州にもありますがニューヨーク州にはDram Shop法という民事法があります。この法律では明らかに酔っ払った客または未成年者へ酒類を販売しその者が第三者に危害を加えた場合、被害者が酒類を販売した飲食店を起訴する権利を与えます。お持ち帰りまたは宅配では購入者の年齢または酔いの具合を確認する事を怠ってしまう可能性があります。宅配担当者には事前にトレーニング等を行って確認方法等を明確にする事が必要になります。

店舗内での運営が禁止されていることから、ニューヨークシティーでも店舗を持たないゴーストキッチンが急増しています。ゴーストキッチンとはキッチン設備だけを借り、Grubhub、Seamless、そしてUber Eats等の宅配サービスを使い宅配のみで運営をしている外食事業の事を指します。高額な家賃等の経営費を大幅に削減できるので、今後は弁当スタイルの食事を提供している事業には効率的な運営方法かもしれません。しかし、このゴーストキッチンの多くは適切な許可証を取らず違法に運営をしている事が多い為、今後市による取締りが厳しくなる事が予測されます。ニューヨーク州のリカーライセンスを所持している店舗にとっては知人等に店舗キッチンを貸す行為はSLAに登録されている事業運営内容と異なる為、違反とみなされる可能性もあります。また賠償責任保険の条件にも違反する可能性がある為注意が必要です。

これからニューヨーク州で飲食店の開店を考えている経営者も多くいます。家賃が低下し、貸し物件も多くあることからチャンスと考えているのでしょう。これは間違いではありません。上記でも説明している様に、今までと比べ好条件で大家とリースを結ぶ事が可能です。ただし、COVID-19の第二波そして第三波が来る事を想定して事前に入念な準備をする必要があります。なお料理の宅配そしてお持ち帰りのトレンドは消えそうには無い為、宅配そしてお持ち帰りに強いメニューを準備する必要があります。クリエイティブなCOVID-19衛生対策をマーケティングの材料とし話題になっているレストランもあります。今後ビジネスのマーケティングにも改善が必要なようです。

米国の外食産業は新たな時代へと突入しました。この度のパンデミックで明確になった事は情報収集の重要性です。ニューヨーク州ではNEW YORK JAPANESE RESTAURANT ASSOCIATION (NYJRA)や日本貿易振興機構 (JETRO)等の団体が無料で情報交換の場を提供しています。私もNYJRAではウェビナー講師としてボランティアをしています。経営者の皆さんは同じ様な悩みを抱えている為、多くの不明点や質問は弁護士や他の専門家に依頼をしなくても日本語で回答を得る事ができます。英語でのウェビナーでも問題がないのであれば、NYJRAも含め数多くの団体が弁護士によるウェビナーを無料で提供しています。この様な情報交換の場をフル活用する事で、この外食産業新時代で成功をする為の課題が更に明確になってくる事かと思います。

 

免責事項:本記事は、法律的またはその他のアドバイスの提供を目的としたものではありません。コンテンツの利用によって利用者等に何らかの損害が生じた場合にも、一切の責任を負うものではありません。


川崎晋平 Managing Attorney
Kawasaki Law Office PLLC

川崎晋平はニューヨークシティーそして日本国内でのホスピタリティー業界にて幅広い経験を持つ。 J.D. (法務博士) を取得後、独占禁止法弁護士としてニューヨークシティーにある大手法律事務所にて勤務。その後、ホスピタリティー関連法務に集中する為、Helbraun & Levey LLPにて勤務。自身のクライアントへのサービスに専念する為に2019年にKawasaki Law Office PLLCを設立。

《企業概況ニュース》2020年 創立記念号掲載