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米新政権誕生でバラ色とは限らず ブラジルやメキシコと 対立する局面あり

◇コロナは中南米全域を席捲

 中南米地域は新型コロナウイルスに最も苦しんでいる地域の一つだ。20年12月4日時点の累積感染者数はブラジルが約650万人で世界3位、アルゼンチンが約145万人で9位、これにコロンビア10位、メキシコ12位と続いている。

 各国はウイルスの拡大を抑えるために外出禁止令など社会・経済活動を制限する措置を次々と導入、結果として経済に大きな影響を与えた。20年の中南米全体の実質GDPは前年比8.1%減と大きく落ち込むとIMFは予測している(図表)。

 経済の落ち込みの度合いは、制限措置の内容や支援策の有無などに影響されるかたちで各国間に開きが見られる。ブラジルは州毎に制限措置を実施、全土に制限をかけず、その内容も周辺国と比べて厳しくなかった。連邦政府は弱者救済や零細企業の雇用維持を目的として財政出動を繰り返した。この努力が功を奏し、同国のGDPは5.8%減、国内の経済アナリストの予測では4.4%のマイナスにとどまる見込みだ。

 対照的にメキシコでは連邦政府が3月末に製造業を含む幅広い業種に対して稼働停止命令を発令、その後緩和したものの、12月現在でもある程度制限を継続している。支援策は皆無に等しく、同国の20年のGDPは9.0%減と大きく落ち込むと予想されている。同様にペルーやチリ、コロンビアなどの太平洋岸諸国も制限措置を長きにわたり実施した結果、GDPはそれぞれ13.9%減、6.0%減、8.2%減と大きなマイナスが見込まれている。

 21年にはほとんどの中南米諸国で経済は回復に向かうと予測されている。だが、ワクチンの配給時期が不透明な中、感染状況が再び悪化するリスクは十分に残っており、新たに制限が課される可能性を排除できない。予断を許さぬ状況が続くといえよう。

◇「相互尊重」「協調」が対中南米政策のキーワード

 従来から脆弱な政治体制や社会インフラ基盤、不安定な経済に苦しむ中南米諸国は、コロナの蔓延により未曽有の景気後退に直面している。そんな中、伝統的に経済のつながりが強い米国での大統領選は各国で大きな注目を集めた。

 近年の米国政府の関心事項は中国をはじめアジアや中東地域へと移り、対中南米政策は後回しにされがちである。大統領選でトランプ大統領に勝利したジョー・バイデン氏も対中国政策を最優先事項に位置付けており、中南米諸国についてはあまり触れていない。

 バイデン氏はオバマ前政権時代には副大統領として頻繁に中南米諸国を訪問しており、少なくとも同地域への見方はトランプ大統領よりはポジティブと捉えることができる。トランプ大統領の対中南米政策は、メキシコや中米諸国からの移民の取り締まりの強化、NAFTA再交渉、ベネズエラやキューバに対する制裁の強化など、自身が推進する「アメリカファースト」政策に基づく、強迫等を通じた「上から目線」のアプローチが中心であった。これに対し、バイデン氏は基本的には相互の尊重に基づく、協調的な行動を見せると予想できる。とりわけ透明性の向上、市民のニーズへの反応、人権の尊重など民主主義的価値の普及に力を入れていく。他方、気候変動対策やクリーンエネルギーへの転換を各国に対して強い姿勢で求めていくと考えられる。

 中南米諸国との貿易関係の強化など通商面では大きな進展は見られそうもない。バイデン新政権は発足後すぐにコロナ対策に注力、同時にWHOやパリ協定への米国の復帰、「グリーンニューディール」と呼ばれる国内のクリーンエネルギーを中心としたインフラ整備、そのほかオバマケアや移民問題への取り組みなど国内政策を優先するであろう。中道左派のバイデン氏は、労働組合を支持基盤に持つ民主党にあっては自由貿易に比較的寛容な考えだが、民主党内での急進左派の台頭により、議会の支持を得るためには「労働者保護」「環境」「人権」「対中強硬姿勢」などを重視していく必要がある。ゆえにメキシコやペルー、チリも加盟している環太平洋パートナーシップ(TPP)協定への復帰など、通商を形にしていくためにはかなりの労力を要するであろう。

 上述のバイデン氏の政策に加え、各国の米国との関係性や政治情勢などの要因を勘案すると、米新政権との関係の見通しは以下のとおり整理できる。

◇ブラジルアマゾン森林破壊問題巡り対立する局面も

 トランプ氏を崇拝し、米国と蜜月な関係を築いてきたボルソナーロ政権とのあいだで大きな溝が生まれる可能性がある。事実、ボルソナーロ大統領は12月7日現在、バイデン氏に祝辞を送っていない。歴史上、両国は政治的イデオロギーの違いや米州地域のリーダーとしての主導権争いなど多くの局面で対立してきた。トランプ政権下では将来的なFTAの締結を視野に入れて貿易協定を結ぶなど、過去に例のない水準で良好な関係を築いた。

 両政権の最大の懸案事項として、アマゾン地域の森林破壊を巡る対立が挙げられる。アマゾン地域開発を積極的に進めるボルソナーロ政権には欧州諸国をはじめ批判の声が上がっている。環境保護を重視するバイデン氏が選挙戦中にブラジル政府に対して森林破壊を防がなければ「同国に対して貿易上の制限を課す」考えを示したことに対し、ボルソナーロ大統領は徹底的に抗戦する姿勢を示している。バイデン氏はパリ条約への米国の復帰をきっかけとしてブラジルに対する批判を強めていくと考えられる。

 ただし、ベネズエラ問題など中南米地域が抱える問題の解決に向けて、米国にとってはブラジルの協力は不可欠だ。ボルソナーロ政権がこれまでは消極的であった中国との関係強化に舵を切ろうとする姿勢を見せるかもしれない。相反するイデオロギーを持つ両氏だが、新政権にとっては少なくとも「当たり障りのない」関係を維持する必要はあろう。

◇メキシコ USMCAを軸に経済関係維持

 トランプ大統領とメキシコのオブラドール(AMLO)大統領の関係は、自国経済の生命線である米国との関係強化が必要な後者、それを理解した上で北米自由貿易協定(NAFTA)の改定や移民の取り締まりなどを要請する前者のいわば従属的なものであった。

 これまで唯一の外遊先であるワシントンDCに滞在中、大統領はトランプ大統領に気遣うかたちでバイデン氏との面会を拒否、さらには大統領選の不正選挙を巡る訴訟が終わるまではバイデン氏には祝辞を送らないとも主張している。しかし、メキシコにとって米国は切っても切れないものであり、バイデン新政権が確定した後の両者の関係改善にはさほど時間を要さないと考えられる。

 いくらトランプ政権のイニシアチブとはいえ、米国企業に幅広く支持されているUSMCAをバイデン氏が逆行させるような動きは見せないと考えて差し支えない。ただし、USMCAの労働や環境条項に関してはその遵守や取り締まりを徹底するようメキシコ側に求めていくであろう。特にバイデン氏のクリーンエネルギーへの注力は、AMLOが推奨している石油中心のエネルギー政策とぶつかるリスクがある。

 バイデン氏の公約にもある、移民の減少を目的とした中米諸国への経済協力で両氏の考えが一致する可能性がある。だが、米国はコロナ対策への多額な支出、メキシコは元々財源に乏しいことから、当面はこの協力は限定的にならざるを得ないであろう。

◇キューバ オバマ前大統領が進めた国交正常化に向けた動きは限定的

 オバマ前大統領が尽力したキューバとの国交正常化の動きはトランプ政権下で完全に逆戻りした。バイデン氏が再びキューバとの関係改善を図る可能性について無きにしも非ずと考えた方が違和感はない。しかし、今回の大統領選において、南フロリダ州のキューバ移民のあいだでトランプ支持率が高いことが明らかとなった。母国の共産党の転覆を夢見るキューバ移民が求めるものは、同国への寛容な姿勢ではなく、制裁措置を含めた厳しい姿勢である。次回の選挙でフロリダを制するためにはキューバ移民の票は重要であり、当面はキューバとの国交回復の動きを見せることは簡単ではないと考えられる。

 オバマ前政権時代の国交正常化を通じて狙っていたキューバ政府の変革は結局は起きていない。この認識は民主党議員のあいだにもあり、連邦上院議会で多数を確保するであろう共和党の強硬派のあいだではなおさらだ。バイデン氏は大統領令などを用いて部分的な制限措置の緩和を進める可能性はあるが、議会で支持を得ることは簡単ではないであろう。

《企業概況ニュース》2021年 01月号掲載

 

《執筆》 

水野 亮 Ryo Mizuno
Executive Consultant /  Researcher
rmizuno@twinc.com

トーランスにあるTeruko Weinburg, IncのTWI Global Businessにて中南米諸国や米国に関するコンサルティングおよびリサーチ業に従事。市場調査、現地パートナー候補の発掘・バックグランドチェックなど多義にわたるサービスを提供。米国、ブラジル、ドミニカ共和国、ニカラグア、タイなどで政府機関やリサーチ会社での駐在経験、前職のジェトロ在勤中には東京本部やニューヨーク事務所にて中南米・米国市場や通商政策などに関する調査業務に従事。米コロンビア大学国際関係・公共政策大学院卒。著書には「中南米ビジネス拠点の比較と米国企業の活用事例」「FTA新時代」「ブラジルの電力危機」など多数。