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これからの米国建設市場で日本企業ができること
《久世 啓司》

日米の建築史的相違から読み解く
これからの米国建設市場で日本企業ができること
《久世 啓司》

 


 

日米の建築史的相違から読み解く
これからの米国建設市場で日本企業ができること

 

本稿は建築史研究室出身で文化財保存の分野から社会生活を始め、現在はニューヨークで建設業に携わる筆者による私的論考である。

 建築の発達は自然と文化の2要素から成り、全世界において例外なく、建築は自然との関わりから始まった。我々日本人にとって、自然は基本的に味方であり、恵みの源であった。対して欧米文化の源泉となる地域では自然は必ずしも味方ではなかった。荒涼とした大地で自然とは一線を画した一神教が発達し、建築は厳しい自然から身を守るもの、そして自然から身を守ってくれる神のための施設となった。

 日本では、宗教が発達しても建築を自然に合わせることを忘れなかった。中国大陸より渡ってきた仏閣はすぐに壁板を雨から守るために庇を大きく張り出し、湿気の多い地面から逃げるように床を張った。徒然草に「建物は夏を旨とすべし」とあるように、外との仕切りは紙切れで、冬は多少の我慢を強いられながらも自然と共生する
住まいを作り続けてきた。

 一方の欧米では、早い時代から建築に科学と神が持ち込まれた。ローマ時代には建築の尺度はすべて人間が基準となった。中世には世界の中心は神となり、神のいる天まで伸びるようにゴシック教会が発展した後、やはり神より人間が大事だと、ルネサンスと称して科学に軸足を移した。大航海時代にはルネサンス建築は意図的に均整を崩し、外の世界に飛び出してバロックの装飾が溢れ始めた。産業革命前後には自然を科学的に解釈し、アール・ヌーボーで植物が、アール・デコでは鉱物が装飾のモチーフとなった。

 近代に入ると、欧米でモダニズムが起こり、装飾が罪悪として扱われ始めた。これは日本人には分かりやすい概念であった。自然に溶け込むように作られてきた日本建築には装飾は必要なかった。一方で欧米はモダニズムの生みの親でありながら、現在まで装飾に縛られ続けてきた。人間中心の世界で生きてきた彼らには、せめて窓枠に装飾がないと人間味がなく寂しくて仕方がないと感じるのだ。

 モダニズムが入った日本では、建築の工業化が始まった。日本のモノづくりの力はすごい。スムーズに切れる食品用ラップフィルム、液だれのしない洗剤容器、定められた点線から寸分違わずに手でちぎれる包装材。これらは日本以外の国では神業である。建築についても同様のことが言える。現在の日本の建築は言うなれば模型の域に達している。1/1の模型である。工芸品を作る感覚で建築を造る、他の追随を許さない技術力。設備にも無駄がなく、機能美の縮図である。それ故日本人には、どうしても国外の建物が雑で無駄が多く見えてしまう。世界一の経済大国である米国の建物も例外ではない。そこで日系企業はどうやって日本の技術力を海外の建築に持ち込むかを真剣に考える。

 一方で欧米人の見方はどうか。彼らは工芸品のような日本の建物を見て決して良いとは思わない。彼らには日本の建物が模型を通り越してプラモデルに見えてしまう。扉は軽く、スムーズに開閉しすぎる。壁紙は端まで皴なく貼られ、すべての小口は見切り材で仕上げられる。まるで人の作った形跡がない軽やかさ。彼らにはこれらはむしろ安上がりに見えてしまう。彼らにとって良い建物は、多少開けづらくても重厚な扉、多少ムラがあっても一生懸命塗った壁、機能はなくても一つ一つ積み上げたレンガ、ああでもないこうでもないと話をしながら作っては間違えて壊し、切り貼りをしながらやっとの思いで出来上がった建物であり、色々な住人が傷を付け修復しながら、年輪を重ねるように100年使う建物である。

 建築史的背景から述べると、日本人は建築を自然の移ろいの一部のように扱い、欧米人は建築を超自然的に残そうとする、そういった根本的な違いがあるのかもしれない。伊勢神宮は式年遷宮で20年に一度建て替えられ、何千年も前の建物でありながら当時の材料は何一つ残っていない。対してローマのパンテオンは文字通りローマ時代のままの建物が建っている。昨今はしきりにモジュラー建築(プレハブ建築)が騒がれ、日本のお家芸である工業建築に追い風のように言われているが、もしかしたら欧米にはなかなか根付かないかもしれない。現に、2015年設立のモジュラー建築のスタートアップ企業でソフトバンク・ビジョン・ファンドが出資し急成長したカテラ社は、Chapter11申請の憂き目にあってしまった。

 古代から異なる流れを生きてきた根本的に価値観が違う世界の中で、日系企業は何ができるのか。無駄にレンガを積み上げずに最短の納期で外壁を貼り上げたい、現場で塗ったり鍵穴を開けたりしないで完成された扉を一日で設置したい。そのような欲求は少し脇に置き、人間味のある武骨な建物を日本的な機能美で支えるような役割、自然との共生がより付加価値をもたらすような役割など、表面的ではないが設計コンセプトの中枢となるような活躍の場があるのではないだろうか。例えば、徹底した実施設計と工事監理を基にした手戻り(やり直し工事)削減、全熱交換器による自然換気を中心とした換気計画など、日本では当たり前の環境負荷低減技術が米国では斬新であり、たったこれだけのことで設計や施工に根本的な影響を及ぼす。手を洗うこと、窓を開けて換気をすること、使っていない電気を消すこと。このような日本の日常の習慣が表層としての建築を下支えする概念となり得る。コロナウイルスによるパンデミックや地球温暖化による気候変動など、積極的に自然の方から働きかけが起きている昨今、日本的概念でのモノづくりには大きな可能性があるはずだ。

 

執筆:久世 啓司
筑波大学・芸術専門学群建築デザイン学科卒、筑波大学大学院・人間総合科学研究科芸術専攻を修了後、(株)文化財保存計画協会にて文化財建造物の保存、修理、復元に携わる。その後建設・設備業界へ転向し、東・南アジア、アメリカにてプロジェクト管理に従事。

 

近世における日欧貴族階級の郊外邸宅の比較。
(上) 桂離宮:装飾排除。自然との共生
(下)ベルサイユ宮殿:装飾過多。

(写真参考)https://garden-guide.jp/spot.php?i=katsurarikyu

(写真参考)https://urtrip.jp/versailles/

 

モジュール建築の事例
(上)1959年に販売が開始された、日本のプレハブ住宅の原点である大和ハウスの「ミゼットハウス」
(下)近年では欧米でもモジュール建築への移行を模索。

(写真参考)https://www.daiwahouse.com/tech/midgethouse.html

(写真参考)https://onekeyresources.milwaukeetool.com/en/what-is-modular-construction

 

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