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「実行機能」という言葉はあまり聞きなれないかと思いますが、子どもの学習や学校適応に重要なものです。今日はこの実行機能についてご紹介しましょう。
「できるのにやらない」、「わかってるのに動かない」、「何度注意しても直らない」、「やる気はあるのにできない」、「朝学校に出るまでが大変」など、よく親ごさんからこのような相談を受けます。これらはどうして起こるのでしょうか。実は脳の実行機能が関係しているのです。

実行機能とは、「目的を定め、それを達成するために、自分の持つ思考や感情や行動を、動かしたり、調整したり、抑制したりするプロセス」のことです。このため実行機能は「脳の取締役」と呼ばれます。脳機能をオーケストラに例え、「知覚」、「感情」、「思考」、「行動」の指揮をとる「脳のオーケストラ指揮者集団」とも呼ばれます。実行機能が弱ければ、たとえ能力があっても、学習や生活面で必要な時にうまくそれらを使えません。例えば100M を10秒で走る力があっても、スタートでピストルが鳴った瞬間、「今走り出すんだ」と思えなければ、つまりタイミングよくその力を使えなければ宝の持ち腐れになってしまいます。

実行機能が弱い子は、たとえ努力していても、自己の能力や才能を発揮できず、良い結果につながらなかったり、上記に述べたような行動が多くなってしまい、結果大人から頻繁に注意されたり叱られたりすることになります。それが長期間続けば、「自分はダメだ、どうせできない」などと思い込み、努力することをやめてしまったり、自己肯定感が傷ついてしまう、という二次的な問題が起こり得ます。効果的な支援を行うには、親や教師がまずこの実行機能について正しく理解することが重要です。

まず実行機能の要素についてご説明しましょう。
*意図的注意:意図的に注意をコントロールし保持する力。
*シフティング:意識を意図的、自在に一つのことから別のことに切りかえる力。
*自己抑制:必要に応じ反応的、衝動的な行動や考えを止める力。例えば授業中おしゃべりしたい、という欲求を我慢する。また、常に脳に入ってくる様々な情報から、今必要でないものに反応するのを自動的に抑制する力(これが弱いとその都度適応し、注意がそれ、物事が完遂できない)。
*目標設定:自分のゴールを想定し、達成のためのステップを決める力。
*計画・構造化:現在または先の課題に必要なことをマネージする力。方略を立てる、段取りを決めるなど。
*順序立て:頭の中に出入りする情報を正しく順序立てる力。
*ものの整理:勉強や仕事などに必要なものの整理や保管の力(必ずしも見た目の整頓ということではない)。例えば「6時までに宿題を終える」目標がある場合、いざ始めても「〇〇がない」とその都度中断すると目標達成できない。
*開始:行動を始める、エンジンスタートする力。
*時間のマネージメント:時間管理の力。時間の見積もりが弱いと、例えば火曜が期限の宿題を月曜の夜始め、時間内にできないとわかりパニックする。また時間経過の感覚も含む。「これぐらいやったから今○時頃のはず」という感覚。これが弱いとふと気づいた時はすでに遅刻、ということになりやすい。
*持続性:エネルギーや注意・集中力を持続し、課題を終えるまで取り組み続ける力。
*感情コントロール:理性を用いて感情反応を調節する力。例えば予期せぬことがあっても落ち着いていられる力。
*適応・柔軟性:ルーティーンの変更や日常起こるさまざまな変化に対処する力。
*ワーキングメモリー:課題達成のため情報を作業が終わるまで記憶する力。
*セルフ・モニタリング:自分の行動について、それが適切かどうか自己をモニターする力。

次は実行機能が弱い子の効果的支援法をご紹介します。ここまでは実行機能の14の要素をご紹介しました。これらの機能は人の日常で大切な場面、特に学業や仕事、人間関係に大きく影響します。それらの実行機能が弱ければ、勉強・仕事がなかなか始められない、物事が完遂できない、忘れ物・失くし物が多い、何度言われてもやらない、宿題をやっても出すのを忘れる、自分で考えて行動しない、カバンの中がぐちゃぐちゃ、やる気はあるのに努力できない、宿題するより始めるのに時間がかかる、物事の優勢順位がつけられない、計画が立てられない、立ててもそれに沿えない、好きなことは進んでやるのにやるべきことはしない、時間にルーズ、思い通りにならないと逆上するなど、多様な問題が起こります。

それでは親や教師はどう支援すればよいのでしょうか。まずは子どもの実行機能の状態をよく理解することが大切です。どの種類の実行機能がどの程度強い・弱いのかには大きな個人差があります。子どもの状態を正しく把握しましょう。何より大事なのは、怠慢や反抗に見える子どもの行動には、実は実行機能の不全や成熟の遅れに起因するものが多いということです。

A 君の例をあげましょう。彼は宿題や課題をするのに必要な物を全て揃えず、すぐ飛びついて始める傾向が強いです。必要な教科書や道具を家に持ち帰るのを忘れることもよくあります。結果宿題を始めてから「コンパスがない」などと必要な物がないことに気づくため作業が中断してしまいます。これはどの実行機能のつまづきから起こるのでしょうか。「計画・構造化」、「ものの整理」、「自己抑制」の弱さがあてはまります。課題の完了に何が必要か、事前に全体を見通し段取りを立てたり、先に必要になることは何かを予測する力がもともと弱いのです。ではA君にはどんな支援が必要でしょう。それらの実行機能が弱い子に対し、ただ単に「忘れ物しないように」と注意するだけで十分でしょうか。決してそうではありません。まずは彼がどの時点でつまづいているか考えましょう。学校で宿題をメモするのを忘れるのか、宿題に必要な物が何かを把握できてないのか、たとえそれらがわかっていて必要なものを全部持ち帰っても、全て揃えてから宿題を始めることができていないのかを明らかにします。そしてつまづきが見られる段階のそれぞれで、うまくできるよう具体的な対処を考え、支援していのです。「図形に関する宿題の時には○○が必要」などの課題別「持ち帰るものチェックリスト」が必要なのかもしれません。そのチェックリストを見ること自体を忘れてしまわないよう、それを見ることが習慣になるまで先生にリマインドしてもらうことが必要かもしれません。そのように工夫していてもまた忘れてしまう可能性も十分あります。そんな場合は本人にどこでつまづいたか、その時にどうすればよかったかなど、自分自身の行動を振り返り、次に同じつまづきをせずにすむよう、辛抱強く繰り返し導いていくというアプローチが望まれます。

ADHDには、実行機能の「自己抑制」、「計画・構造化」、「意図的注意」、「ワーキングメモリー」につまづきがあることが多く、自閉症スペクトラム障害の人は、「適応・柔軟性」、「セルフ・モニタリング」、「感情コントロール」につまづきが見られるといわれています。ADHDの場合、上記4 種類の機能が30%、あるいは5年ほど遅れているそうです。従って、中学生になり他のことはできていても、ADHD児は、「注意力を持続する」、「忘れ物・失くしものをしない」、「授業中の私語をがまんする」、「必要な情報を課題完了まで覚えておく」などは小2レベルの成熟であっても不思議ではありません。実行機能が弱いのは本人のせいではありません。生まれながらの脳の特性から起こるものです。子どもを責めたり叱ったりすることは状況改善に効果的ではありません。「改善できる部分を親・教師としてどうサポートできるか」という視点で子どもを支援していきましょう(完了)。

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<共著>
ニューヨーク日本人教育審議会
教育文化交流センター・教育相談室
クリニカルサイコロジスト・
臨床心理学博士
森真佐子
スクールサイコロジスト・学校心理士
バーンズ亀山静子